佐伯真一著『平家物語の合戦―戦争はどう文学になるのか―』(吉川弘文館『歴史文化ライブラリー』617)は、源平合戦を題材にして後世の日本文化に影響を与えた『平家物語』が、どのように形成されていったのか、また合戦を語ることが、なぜ人々の共感を呼ぶ物語となったのか、以仁王の橋合戦から頼朝・義仲の戦い、一ノ谷・屋島・壇ノ浦合戦まで、語り本系として知られる覚一本(かくいちぼん)・屋代本・百二十句本、読み本系として知られる延慶本(えんぎょうぼん)・長門本・源平盛衰記・四部合戦状本(しぶかつせんじょうほん)・源平闘諍録など『平家物語』に関わる数多くの異本に目を配りつつ、合戦の歴史的経過をたどり、さまざまな性格を持つ物語を考察し、物語に織り込まれた人々の欲求を読み解くとともに、人の心に共感を呼んだ『平家物語』の合戦描写から軍記とは異なる角度の文学作品が生まれてゆく道すじについて語った書。
『平家物語』は、多様な性格を持った種々の史実や伝承が、多様な視点によってパッチワーク的に継ぎ合わさり一つの物語に融合していった作品であり、単に戦(いくさ)を美化したり神話化する目的で編まれたのではなく、ある時は、戦の恐ろしさ・非道さを無批判に語ることもあり、またある時は、人が人を殺すことの悲しみを語ったり、今まさに死にゆく者の心に分け入って語るなど、死者を悼む心を痛切に表現することがあると著者は言う。そうした魅力が、小説や芸能、ドラマやアニメなどの作品を世に生み出してきたというのである。
本書における『平家物語』の詳細な分析は、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも名場面となった、清水冠者(かじゃ)と大姫の悲恋(本書107頁)、木曾義仲と巴御前の物語(143頁)、義経の坂落(173頁)、熊谷直実と敦盛(189頁)、義経と梶原景時の逆櫓論争(208頁)、義経の八艘飛び(282頁)、知盛の最期(282頁)など軍記物の歴史的背景をどのように受容してドラマが創作されたのかを知る手立てにもなろう。
著者は、『平家物語』が合戦を語る時の視点について、「個別の戦死者の鎮魂に発する物語を含むと同時に、物語全体としても、戦死者への鎮魂という一面を持っていた」ことに着目し、「戦死者の最期のさまを語ることは、鎮魂の重要な方法」であり、「死者の無念を思いやることは弔いに欠かせない要素」であったと指摘、「そうした視点の物語を取り入れたこと、そして『平家物語』そのものが、滅びていった平家の人々を惜しむ根本的な性格を有することは、『平家物語」の合戦記述を単なる勝者の体験談や興味本位の妙技の語りなどに終わらせず、登場人物の心に分け入った叙述を可能にしていったのではないか」(285~287頁)と述べている。
一ノ谷合戦の鵯越逆落とし。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、延慶本に説かれる鉢伏山の「蟻の戸」説を採用した。
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