A、お寺の行事や法事の時、声を出せない方の一番多い意見が 「声を出すのが恥ずかしい」というもの。確かに周りにたくさん人がいる中で、声を出してお唱えするのは恥ずかしいですね。たとえそれが家族だとしても。
も しかすると、人生で一番難しいのは、お経やお題目をいつ唱えるのか。もっと言うならば、いつ声を出して唱えるのか!という事かもしれません。よく「心で念 じているから良いでしょ」と耳にしますが、お釈迦様はどうお教えになられているのでしょうか?
仏教の修行方法の中のひとつに(五種法師)、 読誦 (どくじゅ)というものがあります。 誦 とは念ずること、そしてもうひとつは読!声を出して読むということです。お釈迦様は私たちに 『身口意の三業』 のみっつが大事ですよと説かれます。まず心(意)から唱える。これが念ずるということです。次ぎに口で唱える。これは声を出して唱えること。最後に身体で唱える。つまり実践していく事となります。
例えば、お坊さんがお葬式や法事で聞こえない声でモニョモニョと唱えていたらどう思われるでしょうか?恐らく良い気持ちにはなれませんね。「心で念じて いますから」と言われても、「ちゃんと口で声を出して唱えて下さい」と言いたくなります。それと同じで、声を出すと言うことは、実は大事なことなのです。
心が込もれば込もるほど、形となって現れるもので、悲しいときには涙が出ますし、何か痛いことがあれば「痛っ!」と声が出ます。日蓮大聖人も『日眼女釈迦仏供養事』の中で、「心はたらけば、身うごく」と述べられているように、心から念じた時、口から声が自然と出てくるのが本来の姿でもあります。
また意識して声を出すことも大事なことです。よく色々な仕事場で「指差呼称」という声出し確認が行われますが、電車や飛行機の運転手も必ず声を出して器 具類を確認します。そうすることで、頭の中で明確に意識化する事ができ、より効果的に確認できるからです。それと同じように、お経やお題目も声を出して唱 えることで、より一層心で念じたことが意識化され、仏さまと一体になることさえ感じられます。
このように、声を出すと言うことは、お経やお題目を唱えるうえでとても大切な事だと分かります。慣れないうちは声を出すのは恥ずかしいと思いますが、ど うぞ勇気を出してお唱えしてみて下さい。その恥ずかしさを越した先に、思いがけない清々しい幸せに満ちた世界がそこには待っておりますよ!