妙法寺の駐車場は広い。
何十台も停められるし、端から端までずらっと車が並んでも余裕がある。
そんな中で、先日、一台だけポツンと端っこに停められた車があった。
「いや、そんなに端っこ行かなくても…」と私は思う。
真ん中、いくらでも空いているのに。むしろ選び放題なのに。
でも私は、こういう場面で勝手に深読みしてしまうクセがある。
運転が苦手で、隣に車があると緊張するタイプなのかもしれない。
あるいは「ぶつけられたらイヤだ!」と、慎重に端を選んだのかもしれない。
…でも、こんな想像もできる。
「あとから来る人が足の悪い人だったら? 入口近くを譲ってあげたいな。私は歩けるし、歩けば健康にもいいし、一石二鳥だ」
そう考えた優しい人かもしれない。
事実は分からない。けれど私は知っている。あの車の持ち主なら、きっと後者だ。
確認なんかしない。でも、そう思うだけで胸がじんわり熱くなる。
駐車場の端にポツンと停まる一台の車。
その姿に私は「菩薩行」を感じてしまう。人知れずそっと他人を思いやる心の形を。
いや、もちろん、全員が控えめに遠くへ停め合ったら逆に渋滞してしまう。
だからバランスは大事だ。けれど、そういう一台があるだけで、私は世界を「優しさ」で眺めたくなる。
「いい人ぶってる」と笑われてもかまわない。
でももし次に私が端っこに停めていたら…それは誰かのためじゃなく、ただ単に 私がぶつけられたくないからです(笑)。


