人は人生の中で
“心から信じたい何か” に出会えることが、どれほど稀で、どれほど尊いことでしょうか。
北海道の夕張、妙法寺。
小さなお寺に灯る法の光が、遠く京都の空へと届きました。
それは、ただの情報ではありません。
画面越しに見えた法話の一言一言が、心の奥に火を灯したのです。
そしてその方は、海を越え、山を越え、妙法寺に足を運んでくださいました。
お寺の空気を吸い、ご宝前の前で手を合わせ、
「このお寺の一檀家として、共に祈っていきたい」とおっしゃってくださいました。
距離にすれば1,200km。
しかし、その信心の深さは、何よりも近く、何よりも熱い。
仏教には「即是道場(そくぜどうじょう)」という言葉があります。
すなわち、信心あるところに仏道あり。
お題目を唱え、心から祈るその場所が、すでに修行の道場となるのです。
たとえ日々お寺に通えなくとも、
朝な夕なにお題目を唱え、ご本尊を拝む心があるならば、
自宅も旅先も、すべてが仏道の道場となります。
そして何よりも尊いのは、
「近くにあるから」ではなく、
「自分の心が成長できる場所だから」妙法寺を選んでくださったという決意です。
世の中には、近くの“便利なお寺”を選ぶ人も多い中、
遠く離れた妙法寺を“心の拠り所”として選び、
さらにその信仰を支える「檀家」としての道を歩むこと。
これは、仏道を生きる中で最も大きな功徳行のひとつと言えるでしょう。
お寺は、ただ建物を維持するためにあるのではありません。
人の心と命を照らすためにあり、
そこに祈る人がいるからこそ、生きた道場として輝き続けるのです。
特定のお寺を支えるということは、
自分だけの修行ではなく、未来の祈りを守る行いです。
この信仰が、次の世代へと受け継がれていく礎となるのです。
距離はあっても、
祈りは、同じ時間を生きています。
どうかこれからも、
妙法寺の祈りの一部として、
共に、声高らかにお題目を唱えてまいりましょう。
南無妙法蓮華経 感謝合掌


