9月12日 鎌倉・片瀬(1泊参拝)を行いました。
日蓮聖人龍口法難の地・片瀬に、寂光山龍口寺(じゃっこうざんりゅうこうじ)がございます。
文応元年、日蓮聖人は前執権・北条時頼へ『立正安国論』を送り、行いを改めなければ必ず他国侵逼難(たこくしんぴつなん=他国から侵略者が訪れること)が起きると諌言されました。
忠告は聞き入れられず、数年後、日本の服属を迫る蒙古の国書が到来し、他国侵逼難は現実のものとなります。
ますます語気を強め諌言する日蓮聖人とその門弟を畏れた幕府は、徹底的な弾圧を計ります。松葉ヶ谷の草庵を襲われ、捕らえられた日蓮聖人は佐渡遠流の刑を言い渡されました。
しかし、佐渡遠流を待つ日蓮聖人は、なぜか真っ暗闇になった夜中に連れ出され、鎌倉市内から片瀬の海岸までひきたてられるのです。
佐渡遠流の為、捕らえられていた日蓮聖人を、前々から憎んでいた幕府側の役人が、夜中密かに日蓮聖人を連れ出し、斬首を行おうと企てていたのです。刑場に連れられた日蓮聖人は、泰然と頸の座(斬首の場所)に座られました。
まさに刀が振り下ろされようとした時、辺りをまったく照らし尽くすほどの光物が光り渡るという奇瑞が起こり、役人達は驚き畏れ、斬首を行うことが出来なくなります。少しの時の後、幕府から刑を止めるようにという下知状が刑場に届き、日蓮聖人は命を繋ぐことになります。
このような由縁のある龍口寺では、毎年9月12日の御法難の日に、龍口ご法難会が営まれております。
万灯や大勢の参詣者でにぎわい、午後6時と夜中の12時のご法要の直後には、日蓮聖人が頸の座に座られた時刻には、ぼた餅が供養され、「首つなぎのぼた餅」として参詣者はこれを競っていただき、家々に持ち帰ります。海岸近くでもありますので、ことに漁師の方達は、持ち帰ったぼた餅を遭難除けとして船の舳先に飾ります。
当日は鎌倉に所在する、霊跡本山・妙本寺と、刑場へと連れていかれる日蓮聖人にぼた餅をご供養され「首つなぎのぼた餅」の由来を有する常栄寺へも参拝をいたしました。