【推薦図書】鈴木隆泰著『葬式仏教正当論―仏典で実証する―』改訂版(興山社、2025年)

 『仏典で実証する葬式仏教正当論』改訂版は、日蓮宗僧侶で、東京大学工学部および文学部卒、同大学院にて博士(文学)の学位を取得するという異色の経歴をもつ著者が、月刊『寺門興隆』2010年10月号から2011年3月号までの連載をもとに加筆・編集したもので、2013年に発刊された同書の改訂版となる。
 江戸時代の儒家として知られる富永仲基(1715~1746)や服部天遊(1724~1869)らによって提唱された論説のひとつに、「大乗仏教経典は仏陀の真説に基づくものではない」という「大乗非仏説」という主張がある。大乗経典に限らず、多くの仏教経典は、後世の経典編纂者や経典翻訳者の意図的な修辞等が加えられ、また経典が編纂・翻訳された当時の社会の倫理観や道徳観が色濃く反映されている可能性が考えられる点において、言うなればすべて非仏説であるといえる。この大乗仏教非仏説論は、近代の科学的仏教研究の基礎となった。
 近代仏教学では、漢訳経典の原典であるサンスクリット語やパーリ語などで書かれた経典の研究を通じて、釈迦への原点回帰を求める原理主義的風潮が主流となっている。
 著者は、研究を進めていく中で、こうした近代仏教学が、日本古来の伝統仏教とは異質の課題を呈することに着目し、両者の乖離が那辺において生じているかについて突き詰めた結果、それが原典の誤読・誤解に起因することを解明。「日本仏教は、インド仏教とまったく違う、堕落した〈葬式仏教〉である」という学問的発言そのものが間違っていたことを指摘する。
 『サンユッタ・ニカーヤ』『スッタニパータ』『テーリーガーター』『ディーガ・ニカーヤ』などの初期仏典において、例えば「祈祷・祈願は役に立たない」「呪術に携わるな」「出家者は葬式に関わるな」などと説く教説は確かに認められるが、しかし、それぞれの原語や表現を詳細に分析すると、「出家者は、バラモン教で行われているような祈祷・祈願・呪術等は行ってはならない」「出家者は、遺体の装飾・納棺・火葬あるいはストゥーパ造立などの一連の遺体処理手続きを行ってはならない」と説くものであって、仏門の出家者による祈祷・祈願や葬送供養そのものを否定するものではないと指摘、近代仏教学で描かれる「インド本来の仏教」には多くの課題があることを主張する。
 葬式仏教を批判する本は数多くあるが、近代仏教学における仏典解釈の誤謬を論破し、インド仏教の実像を描き出して、学術的根拠のもと現代葬式仏教の正当性を論証した本書は、これからの日本仏教の基礎解釈に不可欠な指南書となることであろう。

 ただ一点、我が国の先人達が仏教の営みに葬送の文化を取り込んでいったのは、原始仏教経典の原語解釈を知らない時代から既にあったものであり、本書に指摘された理論的裏付けがあって葬式仏教というスタイルが定着したわけではないことは附言しておきたい。仏教は、いかなる地域に伝播しようと、その地域の信仰や風俗習慣などを否定することはなかったという点が重要である。それら異文化を尊重しつつ、そこにより深い意義づけをすることに仏教の最大の本領があった。従って、キリスト教やイスラム教の場合、国や地域別の相違は全く問題にならないのに対して、仏教の場合は、インド仏教、中国仏教、韓国仏教、チベット仏教、タイ仏教、日本仏教といった具合に国や地域ごとに分類されて、それぞれの特色が認められるのである。日本仏教は、縄文・弥生・古墳時代にかけて日本人の中に醸成されてきた自然崇拝や祖先崇拝と強く結びついて、独自の発展を遂げてきた。平安・鎌倉期以降の日本仏教が、日本人の葬送に大きく関与しているのは、そのためであるとも考えられる。
 それらを差し引いても、日本仏教の担い手であるこの国の僧侶たちが、弔いや祈りにかかわることの意義について心得ておかなければならないことを、原始仏典に遺されたブッダ釈迦の言葉に直に学ぶことができるという意味において、本書には価値があると思われる。
 なお、本書『葬式仏教正当論』の内容については、目次を以下に掲出するので往見されたし。

  目次
改訂版の出版に際して
はじめに
第1章 葬式仏教・祈祷仏教は間違っていない
 近代仏教学と日本の伝統仏教のギャップ
 初期仏典に見るインドの仏教
 近代仏教学の「インド本来の仏教」は論破できるか
 インドにおける「出家」とはなにか
第2章 葬式仏教を解く鍵は『金光明経』にある
 仏教はなぜカースト廃止運動をしなかったか
 仏教のカースト否定が及ぼした効果
 インド仏教の衰退の始まり
 『金光明経』の研究が遅れたわけ
 経典中心の仏教と律中心の仏教
 『金光明経』研究における仮説と結論
第3章 インド仏教滅亡の要因に葬式があるわけ
 人は宗教になにを求めるのか
 カーストを形成しなかった仏教の滅亡
 日本人の死者観念
 日本はなぜ仏教を受け入れたのか
 国家仏教から民衆仏教への大転換
第4章 葬式仏教は釈尊の教えである
 仏教が民衆に浸透したわけ
 インド仏教の滅亡を教訓として
 なぜ意味の分からぬ読経をするのか
 仏教へのニーズは死のみに非ず
 善巧方便にこそ仏教の力がある
 日本の仏教は釈尊の教えではないのか
 心の呻きに応えられる仏教を
第5章 亡くなった人に戒名を授けるのは正しい
 日本独自の戒名死後授与問題
 釈尊の初転法輪に学ぶこと
 成仏した者には戒名が必要なわけ
 僧侶と在家のあるべき関係
 若者は本当に「三離れ」なのか
 〈聞く耳〉を持ってもらいましょう!

 略号及び使用テクスト
 参考文献
 注
あとがき

* 当山サイトに紹介した、その他の推薦図書ページの一覧は、コチラから。また、広く仏教・法華経・日蓮はじめ歴史・文化など人文社会科学全般に関する参考文献の一覧は、コチラから。
 また、日本人の死生観や葬送文化に関する記事については以下の通り。
ご先祖とは~みずからの「生」を考える~
【推薦図書】小泉八雲著『神国日本』(毎日ワンズ、2026年)
盂蘭盆施餓鬼会文化講座~鎮魂の芸能「怪談」~
『大法輪』78巻12号「葬儀・法事の《お経》入門」分担執筆
『大法輪』82巻9号「お坊さんが教えてくれる葬儀・仏事の中身としきたり」分担執筆

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