カルピスゼリーと仏教の「中道」

皆さんにとっての「おふくろの味」は何でしょう。

ハンバーグでしょうか。
卵焼きでしょうか。
煮物、それともケーキでしょうか。

泉水家にも、いくつか「これを食べると家を思い出す」という味があります。

その一つが【カルピスゼリー】です。

作り方は……私は知りません(笑)。

ただ、これが本当にうまい。

なぜかきれいに二層に分かれていて、上と下で舌触りが違う。ひとつのゼリーなのに、二つの食感が楽しめるのです。

まさに絶品。

妻も母から作り方を伝授され、今では時々作ってくれます。

ちなみに今も、そのカルピスゼリーを食べながらこの文章を書いています。

……と、ここで終われば、ただの「うちのゼリーはうまい」という手前味噌の話です。

せっかくお寺のホームページなので、少しだけ仏教の話を。

このカルピスゼリー、写真を見るとはっきり二層に分かれています。

上か、下か。

善か、悪か。
損か、得か。
正しいか、間違いか。

私たちはつい、物事をどちらか一方にはっきり分けたくなります。

でも仏教では、一方だけに偏り、そこに執着することを戒めます。

そこで大切にされるのが、「中道(ちゅうどう)」という考え方です。

中道とは、何でも真ん中を選んでおけばいい、という意味ではありません。

「絶対にこっちだ」と片方だけにしがみつかず、その時その時の物事をよく見て、偏らない道を歩むことです。

ところがこのカルピスゼリー。

理由はよく分からないのですが、たまーに「失敗」することがあります。

きれいな二層にならないのです。

上と下がはっきり分かれず、境目がぼんやりして、グラデーションのようになる。

作った本人は、

「失敗した……」

と言います。

でも私は思うのです。

「いや、むしろ仏教的には大成功ではないか」

白か黒か。
上か下か。

そんなにはっきり分けなくてもいい。

境目が曖昧なところにも、ちゃんと味がある。

人生だって、人間関係だって、そんなものかもしれません。

善か悪か。
成功か失敗か。
幸せか不幸せか。

きれいに二層には分けられない。

その間には、名前のつかない色がたくさんあります。

だから次にカルピスゼリーがうまく二層に分かれなかったら、

「失敗した」

ではなく、

「中道ができた」

と言ってあげようと思います。

もっとも、今回のカルピスゼリーは見事なまでに二層です。

次に中道のカルピスゼリーを作ったら、妻には出家でもしてもらいましょうか。

妻が出家したら……

尼僧…

カルピスゼリーは……

二層…

……そんなことを言うのは、

よそう…

南無妙法蓮華経。

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