静岡県から、妙法寺の檀家さんが訪ねてくださいました。
この方との出会いも、YouTubeが結んでくれたご縁です。こうして遠く北海道の妙法寺まで足を運んでくださる。不思議で、ありがたいご縁だと思います。
その方が歩んできた人生は、まさに波乱万丈でした。他人である私には到底想像できないほどの苦労や葛藤、悩みや苦しみがあったのでしょう。いいえ、すべてが過去になったわけではなく、今もなお抱えているものがあるのだと思います。
手紙や電話で相談を受けるときには、ご自身の歩んできた道を赤裸々に語り、何度も懺悔の言葉を口にされます。
それでも、お会いするときには笑顔を絶やしません。
その笑顔に、かえって私のほうが救われることがあります。
きっとこの方は、「今、目の前にいる人を大切にしよう」と、一生懸命に生きているのでしょう。
誰にでも後悔や反省はあります。何ひとつ間違わずに生きてきた人など、おそらく一人もいません。
仏教とは、失敗も後悔もない人生を送るための教えではないと私は思っています。
人間は誰しも愚かさを持ち、時には道を誤ります。大切なのは、過ちに気づいたとき、そこから何をするかです。
もちろん、悔い改めたからといって、傷つけた人の痛みが消えるわけではありません。
謝れば必ず許されるというものでもありません。
許されなかったとしても、償うべきことから目を背けず
これからの生き方を変えていかなければならないのだと思います。
過去を消すことはできません。
しかし、過去から目を背けず、今日の生き方を変えることはできます。
それは決して簡単なことではありません。
それでも、挑戦する価値はあります。
人は、過去だけで決まるのではない。
今日をどう生きようとしているのか。
仏さまは、その姿もきっと見てくださっているのだと思います。


