本日は、神奈川県茅ヶ崎市よりお参りの方がお越しくださいました。
妙法寺の納骨堂には、その方のお父様のお骨とお位牌が納められています。
実はこのお父様は、妙法寺で初めて「院殿」のつく戒名を授かった方です。
戒名というと、どうしても金額のことばかりが先に語られてしまうことがあります。
けれど、本来そこに込められているのは、その方の歩みであり、ご縁であり、残された功績です。
このお父様の場合も、決して「たくさん納めたから」ということではありません。
先代住職は、横浜のお寺で出家をし、ご縁あってこの夕張の妙法寺へ入りました。
見知らぬ土地で、右も左もわからなかった先代夫婦を支え、導き、檀家の皆さまをまとめてくださったのが、この方でした。
先代を支えてくださったこと。
そして、この妙法寺を今日まで残す大きな力となってくださったこと。
今、妙法寺がここにあるのは、この方の存在があったから。
そう言っても決して言い過ぎではありません。
「院殿」という戒名には、その深いご恩と功績が込められています。
お金で飾られた名前ではなく、妙法寺の歴史に刻まれた感謝のしるしです。
寺離れが進む今の時代、ここまでお寺を思い、住職を支え、信仰の場を守ってくださる方は、もうなかなか現れないのかもしれません。
でも、そこで終わってはいけないのだとも思いました。
これからのお坊さんの役目は、ただ「お寺を守ってください」とお願いすることではなく、
「このお寺を守りたい」
「この法華経の道場を次の世代へ残したい」
そう思っていただけるような姿を、まず自分自身が示していくことなのだと思います。
遠く茅ヶ崎よりお参りいただいた今日。
お父様のご縁を通して、妙法寺が多くの方に支えられて今ここにあることを、あらためて感じさせていただきました。
人の真心は、亡くなったあとも消えません。
誰かの中に残り、お寺の歴史に残り、そして静かに、次の信仰の灯をともしていくのだと思います。
合掌


