1本のメールがきっかけだった。
その男性は、はるばる兵庫県から妙法寺を訪ねてきてくれた。
「悩み相談がある」と書かれていたその文面の裏に、どれほどの思いが詰まっていたのだろう。私は胸をざわつかせながらも、同時に思った。
——すべてを自分が答えようとしなくてもいい。仏教の真理に照らして共に考えればよいのだ、と。そう思うと、少し肩の力が抜けた。
だが、実際に彼が目の前に座り、震える手でお茶を口に運ぶ姿を見たとき、その覚悟の重さに圧倒された。
三十年近く、誰にも言えなかった心にしまい込んできた大きな反省と後悔。その告白には勇気と緊張と不安が入り混じっていた。
簡単に言葉など出てこない。ただ、その勇気に敬意を払い、耳を傾けることしかできなかった。
彼はYouTubeを見て、「この人なら話を聞いてくれるかもしれない」と思ったのだという。そして兵庫から一人で飛んできた。
その一歩の勇気は、これまで数えきれないほどの挑戦と行動を積み重ね、会社を大きくしてきた彼の生き方そのものだった。
全てを告白し、共に悩み、共に明るい未来へと進む方法を模索した私たち。最後には彼の表情も明るくなり、心の雲が晴れたようだった。もちろん根本的な解決には至らない。だが、確実に今回の会話で彼の未来は変わるだろう。変えるだろう。
人は変わることを恐れる。時に「変わることは悪いことだ」と誤解してしまう。だが、続けることの美しさや強さがあるように、変わることにもまた勇気と強さがある。仏教が説く「諸行無常」とは、まさに変わりゆくことこそが常であり、そして繁栄でもあるということ。彼もきっと新たな決意を胸に、その変化を受け入れていくだろう。
私は来月、学生向けの講演をいくつも予定している。そこで伝えたい。
——悩みを解決したいなら、夢を叶えたいなら、行動しかない。
夢は地図を眺めているだけでは近づかない。
靴を履いて外に出る。そこからしか未来は変わらない。
兵庫から飛んできた一人の男性の勇気ある一歩が、そして変化を受け入れるその姿が、私に改めて真理を教えてくれたのだ。


