【京都府】近畿教区僧風林閉林式(本山立本寺)

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昨日、京都本山立本寺様で開かれていた『近畿教区僧風林』の閉林式に出席しました。
閉林式に先立ち、10名の林生による模範法要が営まれました。1週間朝から晩まで、お寺で缶詰めになって身に付けた声明や法要所作を、大勢の参列者の前で披露したのです。
 
式衆(林生)の昇堂と共に法鼓が鳴り止み、静寂の大本堂に鏧。
『道場偈』の発音から式は始まりました。法要の次第は次の通りです。
 
先、式衆入堂
次、道場偈(どうじょうげ)
次、三宝礼(さんぼうらい)
次、切散華(きりさんげ)
次、勧請(かんじょう)
次、開経偈(かいきょうげ)
次、方便品(ほうべんぽん)
次、咒讃(しゅさん) 出鈸(でばち)
次、自我偈(じがげ)
次、祖判(そはん)
次、唱題(しょうだい)
次、宝塔偈(ほうとうげ)
次、回向(えこう)
次、四誓(しせい)
次、三帰(さんき)
次、奉送(ぶそう)
結、式衆退堂
 
法要は林長猊下御導師の下、粛々と執り行われました。声変わりしていない喉から発せられる声明。小さな手から外れてしまいそうな鈸。細かい所作を合わせようと専心する姿…
法要を営む沙弥一人一人の尊い姿勢に心が震えました。
私は長年一般社会に身を置き、お寺社会だけでは学べない経験をさせていただきました。病を克服した方、道半ばで倒れた人、病人を支え続けたご家族など、若かった私には皆が先生であり、その生き様はある意味で私の信仰の礎でもあります。かけがえのない人達との出会いと、大変貴重な人生経験でした。
ただ、随分長い間そちらの方に身を置いてしまったので、自坊に戻ってからは寺院の集まりなどに出仕しても、戸惑うことばかりでかなり苦労しました。そして僧侶としての本分が曖昧になり、職場への未練と現実の狭間で葛藤し、つまらない拘りや気後れで身を縮めたりもしました。
 
いずれ息子も志を立て、進むべき道を自ら歩むでしょうが、今の彼に道筋を示すのは、師としての大いなる努めであり、ささやかな親心でもあります。三宝への御給仕が僧侶としての本分であるならば、幼い頃からたとえ一つ一つの意味が分からずとも、「型」を大切に繰り返し習練することで、心も徐々に磨かれてくるものだと思います。
京都本山という道場で、この様な経験を積ませていただけたことを心より感謝致します。上田日瑞林長猊下をはじめ京都八本山の貫首猊下、主任先生、講師の方々、近畿教区において僧風林を内外から支えて下さった関係各位の皆様方に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
 
ところで…僧風林の期間中、息子が入部しているソフトボール部が目標にしていた大会が開催されました。チームメイトには最後の練習日に、「京都のお寺に行くから、試合には出られない。」と伝えたらしいのですが、仲間内では当然の如く噂が独り歩きしました…
「修行に行ってるみたいやで。」
「山の中で生活してるらしい…」
「もうお坊さんになってしもたみたいやー!」
なんて話を、家内がママ友から仕入れて来ました(^^;ヤレヤレ...

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