立正安国・お題目結縁運動 いのちに合掌

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山科檀林旧跡

了光山 護国寺

【gokokuji】

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寺ブログ

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時代と共に変わる供養の形

現代は、昔と違って時間の流れは同じでも、時代の流れが本当に早くなっています。時代によって、人々の考えや趣向も変わっていくのは世の常ですが、その変わっていく物の中に「供養の形」があります。
 朝日新聞の朝刊に、
「遺骨をダイヤモンド」にする記事が掲載されていました!最近は、供養の形がめまぐるしく変わってきているのをご存じでしょうか。
 海に遺骨をまく「散骨」。遺骨と共に木を植樹する「樹木葬」。
宇宙に遺骨を飛ばす「宇宙葬」。等々…。と、まだまだありそうです。でも、このダイヤモンド化にはビックリしました。遺骨がいつまでも輝き続ける宝石になるのですね!
 この種の供養を、
「手元供養」と言うそうです。2005年あたりから、ジワリジワリと広がってきています。でも個人的には、土に帰してあげたい気持ちがします。私たちの体は自然の一部、だから自然に帰す…。一番しっくりきますね。散骨にしても樹木葬にしても、気持ちは同じ。
手元供養の本質は、いつまでも側にいたいという気持ちが形として現れたものです。ダイヤモンドだと、いつも身に付けれますもんね。将来的には、このダイヤ モンドはお爺ちゃん!こっちはお婆ちゃん!それとこれは…。とダイヤモンドだらけになっていくのでしょうか。これはいかがなものかと思います。供養も間 違った方向や、いきすぎると、
執着(しゆうちやく)になるのでは?
 お葬式で、五蘊仮和合(ごうんけわごう)の身、とお読みし引導を渡しますが、私たちの身体は、色々なものが集まってできた仮のものということだから、生 に執着しないで、浄土へ行って下さいと言います。これは故人だけではなく、残された遺族にも大事な教えです。
 お釈迦様は、なぜ涅槃(ねはん)に入られたのか?それは、お釈迦様がいつまでもおられたら、私たちは甘え、いつでもおられるのだと思ってしまい、法を求める心をなくしてしまうからです。 
 法華経
『如来寿量品第十六』の自我偈の経文に、

実には在れども而も滅すと言う 常に我を見るを以ての故に 而も隠恣の心を生じ 放逸にして五欲に著し 悪道の中に堕ちなん

とあります。いつまでも側にいたら、私たちは成長することができず、堕落し、ついには悪道に墜ちてしまうと説かれているのです!だから、あえて涅槃に入られた。私たちの心は弱い…。何かにすがりたくなる…。その一つが遺骨でもあります。
 でも、気が済んだら、どうぞ土に帰していただきたい。そうしないと、いつまでたっても故人に執着し、亡くなった人も、自分自身も救われません。私たちが 本当に供養しなければならないのは、自身の心であり、いつも見守ってくださっておられる遺骨の奥におられるみ仏なのだから。
手元供養新聞          

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