🆕「根岸・子規のみち 俳句短冊のある横丁プロジェクト」のご案内

 正岡子規(1867-1902)は、俳句・短歌・小説・評論・随筆など多方面にわたって創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治を代表する文学者の一人として知られます。
 俳句分類や与謝蕪村などを研究し、俳句の世界に大きく貢献する一方、短歌(和歌)においても、江戸時代までの形式にとらわれた和歌を批判し、根岸短歌会を主宰して短歌の革新に努めました。明治27年(1894)、子規が27歳の時に移り住み晩年を過ごした根岸の庵室は、現在「子規庵」として公開されています。
 正岡子規が残した膨大な俳句のなかには、根岸の地誌や情景を詠んだ句が多くあり、子規の目線や感覚を通して、私たちは明治30年代の根岸に思いをはせることができます。
 この度、根岸子規会(根岸の地図を読む会)が主宰する「根岸・子規のみち 俳句短冊のある横丁プロジェクト」は、(公財)東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京の2026年度地域芸術文化活動活動応援助成に採択されました。地域有志や町会の協力を得て、施設や店舗、住宅の外壁などに正岡子規の俳句を提供しています。
 当山も、当プロジェクトに協賛しており、山門脇の勝手口に「新阪を下りて根岸の柳哉」の俳句短冊(はいくたんざく)を掲示していただきました。当時まだ駅舎はありませんでしたが、現在の鶯谷駅南口から言問通りへと新坂を下り、要伝寺の門前を先へ進むと柳通りに至るという情景が描写されております。
 俳句短冊は、吟われた句にゆかりのある地点に掲出されています。掲示場所は、コチラからご確認いただけますので、お近くにお越しの際は、町内を散策して、正岡子規の足跡を辿ってみてはいかがでしょうか。

「根岸の地図を読む会」は、台東区根岸で結成された「根岸子規会」という団体から生まれた勉強会です。根岸の歴史や文化に興味を持つ有志メンバーが毎月1回、根岸の某所に集まって、根岸の地図を読み解いたり、根岸について調べたことを持ち寄って発表したりしています。初代会長の奥村雅夫氏(根岸子規庵元館長)には、当山住職も度々お世話になり、宮澤賢治が通った「国柱会館」の新資料発見に至ったのも、氏のご示唆によるものでした。詳細はコチラを往見ください。

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