「なんみょーさん、あん」26’7

迷いの中で終わらせない

学生時代、歴史の教科書に出てくる日蓮聖人は「他宗を激しく批判した過激な僧侶」と記されていました。これを「四箇格言(しかかくげん)」と言います。「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」この言葉だけを見ると、厳しく、他を否定しているように感じられるかもしれません。しかし、その奥にあるのは、争いの心ではありません。
日蓮聖人は、人々が目の前の苦しみから一時的に逃れるだけではなく、人生の根本から安心を得て、力強く生きてほしいと願われました。
だからこそ、迷いにつながるものに対しては、あえて厳しい言葉で警鐘を鳴らされたのです。
それは、大切な人が間違った道へ進もうとしている時、「危ないよ」と声をかける親心にも似ています。日蓮聖人の厳しさの中には、深い慈悲がありました。
また、日蓮聖人は四条金吾殿に対して、
「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなへ居させ給へ」
と教えられています。苦しい時には苦しみを受け止め、楽しい時にはその喜びを味わいながら、どちらの時もお題目を唱えて生きなさい、というお言葉です。ここには、苦しみを無理に消そうとするのではなく、苦しみも人生の一部として受け止め、その中に仏さまの智慧を見いだしていく姿があります。
私たちは、つらい出来事が起こると「なぜこんなことが起きたのか」と悩みます。しかし、その経験を通して誰かの痛みに気づいたり、人の優しさに触れたり、自分の弱さを知ることがあります。
苦しみは、決して無駄なものではありません。
大切なのは、苦しみに心を奪われるのではなく、その苦しみとどう向き合うかです。
南無妙法蓮華経のお題目は、私たちの心にある仏の命を呼び覚ます力があります。困難な時にも、「この出来事にも意味がある」と受け止める智慧を与え、周りの人への感謝や慈しみの心を育ててくれます。
四箇格言も、四条金吾殿御返事のお言葉も、根底にあるものは一つです。それは、「あなたの命は尊い。その命を迷いの中で終わらせず、仏の智慧をもって力強く生きてほしい」という日蓮聖人の願いです。
苦しい時こそ、お題目を唱える。
嬉しい時には、感謝のお題目を唱える。
その積み重ねが、どんな出来事にも負けない、しなやかで生き生きとした人生を築いていくのではないでしょうか。
今日という尊い一日をいただいたことに感謝し、苦楽ともに南無妙法蓮華経と唱えながら、歩んでまいりたいものです。

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