【京都府】木屋町通沿いの桜並木

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先日、妻と子供たち3人で、木屋町通を散策しました。久しぶりかな、目的もなしにブラブラするなんて…

川沿いの桜が満開で、大勢の人達で賑わっていました。木屋町通沿いが、ずっと桜並木になっているとは知らなかったので、何だか得した気分です♪
研修や会議などで毎週のように京都を行き来していますが、街中を歩くことなんてあまりありません。自坊を留守のままにしておくことも気になりますし、夜は夜で子供たちを風呂に入れたり着替えさせたり、お父さんとしての仕事が山積みです(^^;
なので、普段はさっさと帰ってしまいます。
何故ここに来たかというと、来週子供たちを連れて伺う家内の両親に、お土産として京菓子を求めに来たのです。
目当ての和菓子屋さん(月餅屋)で用事を済ませ、それぞれが片手に紙袋、片手に子供の手を握りながら、通りを南へ歩いて行きました。
桜並木の向かいには、小さなお店が軒を並べていて、夜の営業の支度やら仕入れの準備やらで皆さん忙しそうです。
人混みの喧騒の中で、不意に聞き覚えのあるフレーズが耳に飛び込んできました。隣に目をやると、それは妻の鼻歌でした。
「鼻歌なんて…珍しいこともあるもんだ。」
久しぶりの実家でもあり、知らずの内に気持ちが高揚していたのかもしれません。彼女は、桜と子供たちを交互に見ながら、『春よ、来い』を歌っていました。
次の瞬間、幼い私の手を引いて、大阪市内の実家に戻る若かりし母の姿が甦って来ました。風物詩にもなっていた実家近くにある造幣局の“桜のくぐり抜け”を、母に手を引かれて歩いた記憶もあります。
母は今年で83歳。もう、孫の手を引いてそう長くは歩けません。間もなく私が、老いて弱ってしまった母の手を引き歩くでしょう。哀しいことだけれど、これも連綿と繰り返される生命の営みです。
今、私は子供たちの手を取り人生を共に生きています。この子らが成長して、それぞれが社会を支える一員となった時も、平和な世の中にあって皆が春を待ちわび、あの時のような桜が咲き誇っていることを切に願います。
淡き光立つ俄雨 いとし面影の沈丁花 溢るる涙の蕾から ひとつひとつ香り始める …
 
画像は、木屋町通の桜並木と、自坊の十月桜

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