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廣榮山 蓮華寺

【Koeizan Rengeji】

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【気仙沼市本吉町】私感。“寄り添う”ということ(或る女性のお話を伺って…)

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来週から東北に向かうにあたり、少し思うところをお話します。今年の6月に、リラクゼーションやリハビリなどをご希望の方に実施するために、気仙沼の仮設住宅を訪問した際の出来事です。

その仮設には2度目の訪問でしたので、私のことを覚えて下さっていた方もおられ、訪問して間もなく予約表が埋まりました。そして午後の最後の予約のご婦人の施療を行っている時、その方が不意に私にお尋ねになりました。「先生はお坊さんだと伺ったんですが…」
「どうしてご存知なんだろう?」という疑問が一瞬私の頭を過りましたが、施療に集中しておりましたので深く考えもせず即座に「はい、そうです。大阪の日蓮宗寺院の者です。」とお答えしました。ご婦人は最初の内こそ遠慮がちにポツリポツリと喋っておられましたが、徐々にお身体がリラックスされてお気持ちが少し緩んだのか、お話の途中から堰を切ったように、全てのことをお話下さいました。
セラピストに身体を委ねて施療を受けるということは、その前にお身体とともにお心も開いていただいて心身ともにリラックスする、或いは本格的な施療の導入部においてセラピストの手技で心地良い心身に導いていくことが重要になります。先ずはお身体とお心に、“お風入れ”が必要なのです。ですから、面と向かって目を見ながら話すよりも、施療しながらの方が多くのお話を伺えるケースが多々あります。

ご婦人のお話の概要はこうでした。震災発生の年の前年に、ご長男を交通事故で亡くされました。ご長男には幼い3人のお子さんがいらっしゃいました。その日以来、ご婦人は納骨が済んだ後も毎日お墓に通われ、墓石の前で泣き崩れる日々だったそうです。3ケ月が経ち、半年が過ぎてもお墓に通い続けるご婦人に対し、ご長男の奥様を始めもう一人のお子さんで隣町へ嫁がれている娘さんや周囲の人達は、見るに見かねて何度も説得を試みられました。「こんなことを続けて周囲を心配させても、何の解決にもならない。」ことを、ご本人も重々承知されていました。しかし、御主人を早くに亡くされ、母子3人で歩んできた決して平坦ではなかった道程を乗り越え、母親思いの息子と優しい嫁と3人の孫に囲まれて過ごした幸せな日々が、突然ガシャン!と重いシャッターが閉じるように奪い去られてしまったのです。そのあまりに深い喪失感に、「お墓に通い続けることで、何とか正気を保っていられたのかもしれない。」とご婦人は仰いました。
そしてあの震災が発生しました。日本全土が深い悲しみに覆われ、ご婦人の周りには身内を亡くさない者は一人としていないといった惨状でした。ご婦人自身も波にさらわれ九死に一生を得たのです。
のまれた瞬間、上も下も分からなくなり、濁流の中は、視界もほぼゼロに近い状態でした。」
「どれくらいの間流されたのかは分かりません。身体のあちこちに何かがぶつかり、時折水面から顔が出ました。必死に手を伸ばした先に、○○があったんです。」

(あまりに生々しいお話に聞き入っている内に、私の胸はギュっと締め付けられ、ご婦人がつかまった〇〇が何であったのか、何が生死を分けたのかをどうしても思い出せません。ホースであったか、鉄骨であったか、柵、車…)
あの日以来、ご婦人は一切の悲しみを封印されました。震災発生から1年3ヶ月、息子さんを亡くされてから2年以上が経過した日に、私はそのご婦人と初めてお会いした訳です。

…もう、乗り越えなければいけませんよね。今もそっとお墓に通っています。嫁たちに心配を掛けているだけで。私よりもっと辛い思いを抱いて生きている方がたくさんいらっしゃるのに。このままじゃいけませんよね?」
私は施療の手を止めることなく、簡単な相槌を打つだけで唯々傾聴させていただきました。そしてご婦人のお話が途切れて暫くしてから、私の思うところをほんの少しお話させていただきました。
「息子さんの事故も、今回の震災も、確かに理不尽で不条理な出来事かもしれません。でも、貴方が波にのまれ九死に一生を得られたことには、きっと意味があるのだと思います。」
「今日初めてお会いして、こうして施療させていただいている御縁。そして貴方のお身体は、母の身体として、おばあちゃんの身体として、今もこうして温かいです。とても温かいんですよ。」
「無理に乗り越えようとする必要などないと思いますよ。寄り添ってあげて下さい。私にお話をして下さって、本当にありがとうございます。」
施療を続ける手に、ご婦人の震える身体を感じました。そして全ての施療が終わり、「ありがとうございました。」と私に向けられたお顔には、施療前にはなかった笑顔がありました。

きっとご婦人は、私に言われるまでもなく、全てを理解されていたのだと思います。私に疑問を投げかける形で、確認されたかったのでしょう。激しい濁流にさらわれながらも、手を伸ばした先に命をつなぐ“取っ手”を探り当てた、そんな強い強い生命力を持った方です。

被災地では、「幽霊が見える」という訴えが増えている地区があるようです。それが本当に霊的現象であるのか、見た人の心がそうさせているのかは分かりません。
ただ、私が今まで被災地を行き来し、あの惨状を目の当たりにし、現地の人との交流を通して感じることは、「見えた」ということは多分本当なのだろうと思っています。それが霊魂にせよ、心理的作用であったにしろ、本人には見えているのだと思います。
「ああ・・どんなに辛かっただろう、苦しかっただろう。」
「濁流に流されながら、どんどん小さくなっていく私達の姿を見た時、どんなに口惜しかっただろう。」
「重く冷たい真っ暗な土砂の下で、ただ自分の命が消えゆく瞬間を待っていた人は、どんなに淋しかっただろう。」
もう今となっては、目に見えない存在となってしまった人達に対する強い強い念。例えばある日突然に失った人への「恋慕の心」や「喪失感」、生き残ってしまったことへの強い「罪悪感」など、そんな複雑に絡み合った感情がそうさせているのかもしれません。

長い戦後を経て、日本人の「死生観」も随分変容しました。それが平成に入り、大きな災害が続きました。多くの人命が…さっきまで普通に日々の生活を営んでいた家族やご近所の方の命が、瞬く間に失われ、昨日まで子供たちの元気な声で溢れていた町に、累々たる御遺体が並びました。「死」に対する観念が、根こそぎ覆された瞬間でもありました。
自然災害だけでなく、先ほどのお話の様な交通事故や犯罪に巻き込まれ、或る日突然に身内を亡くされた御遺族の方々は、理不尽な仕打ちに苛まれながら、災害や罪を憎む一方で自らを責め続け、徐々に現実を受け容れていく…正確に言うと「現実を受け入れざるを得ないことを思い知らされる」といわれます。

東北や新潟、神戸の震災や、九州や紀伊半島の水害、祇園・亀岡での交通犯罪による死傷事故、通り魔やテロリズム等々で、尊い命を亡くされた犠牲者・被害者の方々。
先ず、私達に出来る一番身近なこととして、日々更新され溢れる続ける情報の中にあっても、記憶にインプットするということ。忘れないということ。
殊に檀信徒の皆様も含め我々仏教徒においては、その菩提を篤く“弔い”、“寄り添い”、そして“祈る”ことを決して忘れてはならないと思っています。

※画像は気仙沼市立小泉小学校敷地に建立された、津波の教訓を未来に残す『津波記憶石』と呼ばれる石碑。石碑には「未来の人びとに」と刻まれ、昨年3月11日に此処で何が起こったかが記されている。またバーコードが埋め込まれていて、携帯電話のバーコードリーダーで読み込むと、震災前と震災後の小泉地区の様子などを知ることが出来る。
 

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