令和元年8月の掲示板は「妙法蓮華経 随喜功徳品第十八」です。
前章「分別功徳品」では、「如来寿量品」の教えを聞いて得られる功徳が説かれました。
その中で天台大師の『法華文句』という法華経の注釈書の内容をご紹介しましたが、「随喜品」といわれる、”法華経を聞き、その教えに随うという、喜びの心を起こす段階”が、じつは最も重要になります。
この章の中で、”数多くの功徳を積んだ人よりも、寿量品の教えの喜び(その素晴らしい教えを知り、それに出会えたことの喜び)を50番目に伝え聞いた人の功徳の方が大きいと説かれます。
つまり、自ら多くの功徳を積んだ人よりも、寿量品の教えを間接的かつ50人目で聞いて随喜した人の方が、遙かに大きな功徳が得られるということです。
ひとりの人が、自分が聞いた教えの喜びを、50人の人に次々と伝えた功徳を「五十展転随喜の功徳」と言います。
なぜ、このように大きな功徳があるのかというと、一つは初心の喜びによって得られる功徳の尊さ、もう一つは法華経があらゆる人々を救うことのできるお経(教え)であるためです。
法華経という素晴らしい教えを自分だけのものとせず、皆に勧め、共に信仰していく。その行為がじつは大きな功徳を積む行いなのです。