🆙令和7年度今日学研究会公開講座報告

開催日:2026年03月02日

 当山住職は、この度(令和8年3月2日)、兵庫県姫路市で開催された令和7年度今日学研究会公開講座にて、「法華菩薩道総集編『報恩抄』~日蓮聖人「報恩」の生涯~」と題して講演をいたしました。
 今日学研究会(こんにちがくけんきゅうかい)は、前身である求道会(ぐどうかい)の時代から半世紀以上にわたり研鑽を重ねてこられた兵庫県西部宗務所管内有志の研究会で、毎月定例(年10回)の日蓮聖人遺文勉強会をはじめ、年に1度、外来講師を招いての公開講座を開講されております。
 当山住職も令和5年度の講座から全3回に亘りお招きいただき、初年度は「法華菩薩道の実践~『雨ニモマケズ』幻の“行ッテ”~」と題して、宮沢賢治歿後90年に公開された映画「銀河鉄道の父」を導入に、賢治が入信した国柱会鶯谷法城「国柱会館」の紹介、常不軽菩薩や本化四菩薩の菩薩行に憧れた賢治が「雨ニモマケズ」の詩に託したメッセージの真意などについて触れました。
 令和6年度は、「法華菩薩道の実践~摂受の菩薩、折伏の題目~」と題して、宮沢賢治の「摂折御文 僧俗御判」を取り上げ、賢治が親父・政次郎や心友・保阪嘉内との宗教的葛藤を通して「折伏」や「出家」について抱いていた思いに触れながら、「法華経の行者に相応しい弘教の態度」が摂受にあるのか、折伏にあるのか、日蓮聖人遺文を繙き、平成の摂受折伏論争の問題点を深掘りしました。
 今回は、過去2回に亘って講じてきた「法華菩薩道」シリーズの総集篇として、昨夏、日蓮聖人『報恩抄』撰述750年・道善房750遠忌を機縁として日蓮宗宗務院で開催された勧学院中央教学研修会での講義を土台に、過去2回の今日学研究会の講義に照らして内容を再編し、法華菩薩道を実践された聖人の「報恩の生涯」をふりかえりつつ、師恩報酬を志した『報恩抄』の意義について講じました。
 『報恩抄』は、短期間で筆耕されたとは信じられないほど完成されたプロットで全体の構成が組み上げらた遺文であることが知られます。冒頭で畜類の報恩譚・世人の孝悌忠信譚・「棄恩入無為真実報恩者」の釈尊孝養譚を例示して知恩報恩の尊さが説かれ、日蓮自身も数々の法難を忍受しながら四恩報謝のために身命を賭して生涯を捧げてきたこと、魂魄が渡った佐渡での内省を経たのち三大秘法の法門を開悟したことなどが披瀝され、以て恩師への報告にかえるのです。そして、ここから巻末にかけてのエピローグが、実は本抄の核心・真髄にあたり、今度はひとたび開いた三秘から翻って一気に一大秘法の題目七字へとフォーカスし、「南無妙法蓮華経」の七字こそが、信仰に揺らぎのあった恩師道善房の盲目を開き無間地獄の道をふさぐ要法であること、これを以て師恩に報いるという報恩謝徳の念願・本懐が果たせることなどが開陳され、「されば花は根にかへり、真味は土にとゞまる。此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし」と結び、擱筆するのです。

当山住職(前列中央)の向かって右隣に代表の三好一行師、その右に前代表の堀豊明師、当山住職の左隣が森下龍浄師

 講座には、20名ほどの会員各聖のご聴講を賜わり、さらに今回は他県からも特別参加の希望を聞き入れてくださるなど、門戸の開かれた研修の集いとなりました。
 質疑応答の場面でも活発に意見が交わされ、長崎県雲仙市から参加された日誠寺御院首 森下龍浄師からは、小生高森が立正大学時代にご指導を頂戴した浅井圓道先生も『報恩抄』の重要性を語っておられたこと、また法華会評議員として機関紙『法華』の編集長を任せされていた時分に長らくお世話になった上田本昌先生も、日蓮聖人遺文のうち『報恩抄』は、開本両抄(『開目抄』『観心本尊抄』)をひとつにまとめて天秤にかけたときに釣り合うほどの深い内容が著された遺文だと評価されていたことなどのエピソードを伺い、今回の拙い発表をお二人の高名な先生方に認めてもらえたような感慨深い思いになりました。
 改めて、この度の公開講座を企画いただいた今日学研究会代表・高光寺御山主 三好一行師はじめ、スライド資料に動画・AIナレーション・BGM等を多用していたこともあって毎回充実した映像・音響機器を持ち込みご対応いただいた同会前代表・延壽寺御院首 堀豊明師、本講座の準備段階からお骨折りいただいた事務局の皆様、ご聴講くださった会員各聖に甚深の謝意を申し上げます。
 結びに、年々月々日々時々刻々、止暇断眠の志で刻苦勉励されている今日学研究会会員の皆様に心から敬意を表しますととともに、今後ますますのご発展を祈念いたし、御礼ならびに御報告にかえます。

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