令和9年(2027)放送の第66作NHK大河ドラマが、『逆賊の幕臣』に決まったと発表されました。
激動の江戸時代末期、幕府のエリート官僚として活躍し、明治新政府に「逆賊」とされた小栗忠順(おぐり ただまさ/1827~1868)を主人公に、幕臣の側から近代日本の「裏面史」を描く作品となります。「勝海舟のライバル」と言われた小栗は、勘定奉行・外国奉行を歴任し、日本の近代化に貢献したことで知られます。
慶応3年10月14日(1867年11月9日)の大政奉還、同年12月9日(1868年1月3日)の王政復古とともに明治維新政府が発足した折、小栗忠順が、かつての幕閣を評した言葉に、「一言(いちごん)を以て国を亡ぼすべきものありや。どうかなろうと云う一言、これなり。幕府が滅亡したるはこの一言なり」という名言があります(福地源一郎著『幕府衰亡論』平凡社東洋文庫)。『論語』における孔子と魯の定公の問答に由来するこの言葉は、徳川幕府が滅んだ理由について、小栗自身が自戒の念を込めて語ったものです。
国家の一大事に直面しながらも、「どうにかなるだろう」という根拠のない期待を持ち続け、決断できず、行動を起こせなかった当時の幕府の状況が、ありのままに投影された評価と言えるでしょう。課題の先送り、そして責任の回避、「自分がやらなくても、どうにかなるのでは」という他力本願の消極性を戒めるこの言葉は、150年を経た現代の私たちにも、大きな警鐘を鳴らしています。
かつて大河ドラマ『青天を衝け』の記事でも触れましたが、我々の先人たちは、欧米列強に対抗すべく涙ぐましいまでの努力の果てに明治維新を断行し、多くの犠牲を払って武士の世に終止符を打ちました。しかしそれは、決して江戸時代以前の価値観や精神性を否定するものではありませんでした。維新の精神的支柱にあったものこそ、封建時代に確立した武士道の魂そのものだったのです。江戸封建社会に培われた教養と知識と気概とを原動力に明治の偉業は成し遂げられ、名実ともに武士の自覚をもった真正のエリートたちによって、日本は世界に誇るべき堂々たる「近代」国家へと生まれ変ることができたわけです。
ただし、彼らエリートたちが国家を担った時代は、やがて日露戦争の終結をもって幕を閉じることとなり、気骨ある精神性を失った日本は迷走を始めます。
近年では、そのような視点で日本の近代化を捉えることが通説となっております。以下に、参考となる文献を紹介します。
・笠谷和比古『徳川社会と日本の近代化』(思文閣、2015年)
・原田伊織『消された「徳川近代」~明治日本の欺瞞』(小学館、2019年)
・原田伊織『三流の維新 一流の江戸~明治は「徳川近代」の模倣に過ぎない』(講談社、2019年)
・原田伊織『小栗上野介抹殺と消された「徳川近代」』(小学館、2023年)
『開港のひろば』156号「特集 神奈川奉行」・157号「特別展 外国奉行」(横浜開港資料館、2024年)。157号には、幕末に創設された外国奉行について触れる中に井上清直の事績が紹介されている。
なお、江戸時代の勘定奉行について紹介した文献としては、藤田覚著『勘定奉行の江戸時代』(筑摩書房、2018年)を、外国奉行について紹介した文献としては、土居良三著『幕末五人の外国奉行:開国を実現させた武士』(中央公論社、1997年)、鈴木荘一・関良基・村上文樹著『不平等ではなかった幕末の安政条約』(勉誠出版、2019年)、横浜開港資料館編『開国のひろば』157号(横浜開港資料館、2024年)、横浜開港資料館編『外国奉行と神奈川奉行―幕末の外務省と開港都市―』(横浜市ふるさと歴史財団、2024年)をオススメします。
以前のブログにも紹介した当山住職高森家の先祖と伝えられる川路聖謨(かわじ せいぼ/としあきら)や聖謨実弟の井上清直、および当山の開基檀越に連なる井上秀栄(しゅうえい)・井上義斐(よしあや)も勘定奉行・外国奉行等を務めていたことが知られ、『国史大辞典』(吉川弘文館)「勘定奉行」の項によると、各々の着任の時期は以下の通りとなり、特に井上清直・井上義斐と小栗忠順は、まったく同時期に勘定奉行に従事した期間があります。
井上秀栄:天保13年(1842)5月24日~天保14年(1843)閏9月6日
川路聖謨:嘉永5年(1852)9月10日~安政5年(1858)5月6日
小栗忠順:文久2年(1862)6月5日~閏8月25日、文久2年(1862)12月1日~文久3年(1863)4月23日、元治元年(1864)8月13日~12月18日、慶応元年(1864)5月4日~明治元年(1868)1月15日
井上清直:元治元年(1864)11月22日~慶応2年(1866)9月2日
井上義斐:慶応元年(1865)10月16日~慶応2年(1866)12月23日
日英修好通商条約交渉時(安政5年)に撮影された写真。撮影場所は、英国側の宿舎となった芝の西応寺(東京港区芝)と推定される。後列左から岩瀬忠震・水野忠徳・津田半三郎、前列左から森山栄之助・井上清直・堀利煕・永井尚志(ビクトリア&アルバート博物館蔵)
大河ドラマ「逆賊の幕臣」で小栗上野介役を演じるのは、俳優・松坂桃李。その他のキャストの発表はまだありませんが、川路聖謨・井上清直らも登場するのか、どのような相関で描かれるのか、今から期待が高まります。
ご参考までに、過去に川路聖謨・井上清直・井上義斐が登場した大河ドラマは、以下の通り。
川路聖謨
『翔ぶが如く』(1990年/演者:伏見哲夫)
『徳川慶喜』(1998年/演者:勝部演之)
『篤姫』(2008年/演者:本多 晋)
『八重の桜』(2013年/演者:松井祐二)
『青天を衝け』(2021年/演者:平田 満)
井上清直
『花の生涯』(1963年/演者:井上孝雄)
『徳川慶喜』(1998年/演者:河西健司)
『篤姫』(2008年/演者:吉満寛人)
『龍馬伝』(2010年/演者:堂下勝気)
『青天を衝け』(2021年/演者:菊池敏弘)
井上義斐
『徳川慶喜』(1998年/演者:内藤達也)
井上秀栄の眠る井上家本家墓所(左)と井上義斐の眠る井上家分家墓所(右)
なお、下記の記事も併せてご参照下さい。
記
・要傳寺檀徒の系譜(その4)~開基檀越井上家と高森玄碩~
・幕臣 川路聖謨の特集番組放送
・NHK大河ドラマ「青天を衝け」と川路聖謨
・寺報『法住』40号(平成29年1月号)発行
・要傳寺檀徒の系譜(その3)~要傳寺過去帳にみる寺檀の歴史~
【附記】
静岡県伊豆下田には、ペリーと日米下田条約が締結された日蓮宗了仙寺にMoBS黒船ミュージアム、ハリスと日米修好通商条約が締結された曹洞宗玉泉寺にハリス記念館、ペリー、プチャーチン、ハリス関連の資料を展示する下田開国博物館、神奈川県横浜市には「近代横浜の記憶装置」としての役割を担って開館した横浜開港資料館など黒船・開国コレクションを所蔵・展示しているミュージアムがありますので、ご案内まで申し上げます。