秋彼岸法要のあとに見えた、皆さんの「心」

昨日は、秋のお彼岸法要を厳修いたしました。

法要を終えたあと、来月に控えた入寺式、そしてお会式に向けて、皆さんがお寺の掃除をしてくださいました。

「ここをお願いします」と頼んだところだけではありません。

天井の照明、畳、廊下、納骨堂。
「ここもやったほうがいいね」
「あそこも汚れているね」
と、それぞれが気づいた場所へ自然と手を伸ばしてくださいます。

脚立を持ち出し、掃除機をかけ、雑巾を手にして。
その力の入りようは、まるで年末の大掃除です(笑)。

けれど、皆さんの姿を見ながら、私は途中から少し違うものを感じていました。

これは、ただの掃除ではないな、と。

「きれいなお寺で、その日を迎えたい」
「みんなで大切な法要を迎えたい」

そんな思いが、一つ一つの手の動きから伝わってきました。

お寺という建物は、住職一人では守れません。

長い年月、たくさんの人が手を合わせ、支え、掃き、磨き、次の世代へと渡してきたからこそ、今ここにあります。

皆さんが黙々と掃除をしてくださる姿を眺めながら、なんだか胸がいっぱいになり、涙が出そうになりました。

信心というものは、必ずしも難しい言葉で語るものではないのでしょう。

誰かに言われたからではなく、自分から雑巾を手に取ること。
誰も見ていない場所まで、そっときれいにすること。

その姿そのものが、すでに信心なのだと思います。

来月の入寺式、お会式。
当日を迎える前から、もう法要は始まっているのかもしれません。

皆さん、本当にありがとうございました。

皆さんの手で磨いていただいた妙法寺で、大切な一日を迎えられることを、心からありがたく思います。

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