先日、このHPでもご紹介させて頂いた仙台での『声明師養成講習所』を無事終えて、一昨日自坊に戻って参りました。
平成26年度の講習所は、9月26日から10月3日までの7泊8日で、1回生17名、2回生17名の計34名(女性教師4名)の受講生が全国各地から集まりました。年齢層は22歳から58歳と幅広く、申すまでもなく私は平均年齢を釣り上げる側のベスト(ワースト?)5に入っておりました。
この34名が、毎日朝夕勤を含めて5~6座の法要を繰り返し、夜11~12時まで班練習、自主練習に励みます。役配は毎回変わり、特に“習礼”(しゅらい)といわれる法要練習の役は直前に発表されるので、何が回って来ても出来るようになっていないと、自分のせいで法要を止めてしまう恐怖心に苛まれます。
緊張感と睡魔と疲労と…9月の仙台は思っていた以上に暑く、本堂では滝のような汗。夜は寝苦しい日が続きました。夜遅くまで調べ物や書き物をして、横になってもなかなか寝付けず、眠りに落ちたと思ったらもう掃除の時間!といった感じでした。
それでも前向きに進めたのは、病を克服された早水先生の凛として清々とした立ち居振舞い、説得力のある言葉の数々、50年関わって来られたこの講習所に対する情熱にお力を頂けたからです。
「若い人と、40~50歳を過ぎた人。有り余る体力で乗り切れる人と、気力で補わなければならない人がここに集まっている。身体を休める時はしっかりと休めて、法要に集中出来るように。」
「法要の“始・中・終”において、決して本心を失ってはならない。それは、僧侶としての日常においても同じことで、どんな時にでもお題目の精神が、自分の真ん中に一本すっと通っていることが大切。」
「〇〇を拝命した、〇〇で教えた…などと、決して自分に思い上がらないこと。共に歩み、共に学ぶ。」
「随喜見聞、恒に主伴と為る。」
「私は昨年大きな病を患ったが、仏様へのお給仕を何十年も続けてきて、ベッド上で麻酔をかけられた時が今までで一番怖かった。取り乱して、自分の本性を曝け出しそうで、本当に怖かったんだよ。」
最終日の模範法要では、「東日本大震災追悼法要」が厳修され、早水主任先生大導師の下、全受講生が式衆として出仕しました。先生方に手掛けられた私たち一人一人が、一つ一つ折り目をつけて御宝前で所作し、珠を一つ一つ並べるように文をお唱えし、そして丁寧に手掛けられた一木一草が輝きを増すが如く、眩いばかりの華台に囲まれた道場で、犠牲になられた方々に全身全霊を以て法味を捧げました。
法要の中で早水先生が諷誦された“供養文”を、私は生涯忘れることはないでしょう。
……惟れば、夫れ人の幸せとは如何なるものぞと問うならば、先ず暖かき住まいありて衣食欠くることなく、勤むる仕事あり、家族、親類、近隣とも仲睦まじく、己が健康に不安なく、日々是無事平穏に過ぎ行くことこそと答うるならん。
然るに平成23年3月11日…(中略)…家を失い、土地を失い、仕事を失いし人々は、数十万人に達するものと聞き及ぶ。夫婦、親子、親しき人達の笑い声は滔々たる大津波に飲み込まれ、消え失せ、土地は割れ裂け、先祖代々永遠と続きし村々、町々は破壊し尽くされて、元の姿留むるもの甚だ少なしと。時々刻々テレビ、新聞、インターネット等によりて報道される惨状に、我らは唯々悲嘆の涙を流し、己が無力を嘆きしを、さながら昨日の如く思い起こせり。
然り乍ら眼を転ずれば、大地震の発生の直後より、被災者救済のために寺院を開放して率先活動せられし仏教各宗の僧侶方あり。殉難諸霊の供養の為に昼夜を分かたず奔走する青年僧達の姿あり。また、被災地の人達の中からも自らの故郷復興の為に、勇猛心を奮って立ち上がる人達あり。その人達を支える頼もしきボランティアの人々あり…(中略)…斯くの現象より考うれば、復興に向こう希望の灯は、必ずや光を増し、山は実り豊かに、海は穏やかにして、其処に住み暮らす人々に恵みをもたらす日が再び来たらんことは疑い無しと云うべし。また、法華経擁護の諸天善神も、必ず守護し給うべし……
惟時平成26年10月3日
日蓮宗聲明師養成講習所主任 比企谷妙本寺住職早水日秀 敬白
早水主任先生始め上田先生、助講の先生方、孝勝寺谷川日清貫首猊下、ご寺族の皆さま、寺務所の御上人方、山務の方々、バランスの良い食事を提供して下さった仕出弁当屋さん、その他関係各聖には本当にお世話になりました。心より御礼申し上げます。