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廣榮山 蓮華寺

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いのりんぴっく 更賜寿命(きょうしじゅみょう)

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2012年11月23日京都本山頂妙寺様で開催された、京都府第一部宗務所主催の“祈りの祭典『いのりんぴっく IN 京都 頂妙寺』”が無事円成した。

前日から泣き出しそうな空は、案の定夜半には号泣…しかし、夜が明けるとどうにか気を取り直してくれて、午後には薄日が差すほどまで回復した。客殿や塔頭(たっちゅう)御寺院を利用した催し物も充実していたのだが、何といっても境内に所狭しと並んだ露店が屋外での主役である。お天気に恵まれることで、各ブースの活気も随分違ってこよう。仁王門を抜けると、やや華やかめにアレンジした衣装を纏い、身も心も鎌倉町衆に扮したスタッフ達が笑顔で迎えてくれた。
私は、妻と三人の子供と、82歳になる母を京都へ連れて行った。母はここ数日寝たり起きたりの毎日で、直前までここに伺えるか分からなかった。「折角、近隣で行われる4年に一度のイベントやで!」などと、適当な方便(本当は毎年開催されている。)で外出に消極的な母を連れだしたのだ。
齢80を超えた父母は、ここ1~2年、住み慣れた自坊の内外で「身支度」をしている。衣装棚を整理したり、熱心に世話をしていた庭の花壇を小さくしたり、古いアルバムを引っ張り出して人物関係を解説し始めたり、2人で仲睦まじく(?!)金融機関に行ったまま、滅多にしない外食をして帰って来たりもする。今までの日常とは些か異なる日常を過ごしているのだ。
環境の変化を嫌い、画一的になりがちな老人の行動パターンを踏襲せず、明らかに共通の目的を持って、老夫婦にとっては今までとは違う行動を取っている。
 
「更賜寿命」(きょうしじゅみょう)という教えがある。
法華経の如来壽量品(にょらいじゅりょうほん)に説かれており、法華七喩(ほっけしちゆ)の一つで、『良医病子』(ろういびょうし)の譬(たとえ)の中に出て来る言葉である。能力の優れた医者と、誤って毒を飲んで病に罹ってしまった我が子のお話。
我等愚癡 誤服毒薬 願見救療 “更賜寿命”
愚かな私たちは、薬棚にあった毒薬を誤って飲んでしまいました。
どうか治療して下さい。そして寿命をお与え下さい。
 
例えば自己の使命をまっとうしようと、強く信じ行動する人間には、本来の寿命を延ばし更に寿命を授かるということだ。
日蓮聖人は、富木常忍の奥方へのお手紙の中で、「尼ごぜん又法華経の行者なり。御信心は月のまさるがごとく、しを(潮)のみつがごとし。いかでか病も失せ、寿ものびざるべきと強盛にをぼしめし、身を持し、心に物をなげかざれ。」(富木尼御前御書)と仰せになり、「たとえ病を得ようとも、尼御前もまた法華経の行者である。信心は月が満ち、潮が満ちるようなものである。どうして病も癒えず、寿命も延びないことがあるものかと信心強盛にして、御身体を厭い、心の中で嘆いてはいけません。(そのようにしていれば必ず寿命を賜る事が出来る。)」とご教示された。
 
師父も70を過ぎた辺りから大病を患った。母も長年持病を患い、老人ホームを退職してから後は入退院を繰り返す時期が続いた。
もしかしたら師父にとっては、あの頃から今年の法灯継承までが、更に与えられた寿命なのかもしれないが、私はそんなことではないと思っている。もし本当に更賜寿命の功徳をいただけるのなら、世襲の法燈継承などではない、もっと別の事由を理由付けしたいというのが私個人の勝手な本音でもある。
 
「日蓮幼少の時より仏法を学び候しが念願すらく、人の寿命は無常なり。出づる気は入る気を待つ事なし。 風の前の露、なお譬にあらず。かしこきも、はかなきも、老いたるも、若きも定め無き習いなり。されば先ず臨終の事を習うて後に他事を習うべし。」(妙法尼御前御返事)
 
人間はいつか臨終を迎える。生命の始まりであるたった一つの細胞(受精卵)が、60兆個もの細胞に分裂と増殖を繰り返し、20歳までにはその生物学的成長を終える。そして人は皆、死ぬまで老化していくのだ。そう考えると自己の「死」と向き合うこともせずに、ただ無為に年を重ね生きるのは本末転倒であると思う。
 
今年7月まで勤めていた福祉施設にお住いのお婆ちゃんから、先月の終わり頃自坊に手紙が届いた。顔を見せて欲しいとの内容だった。今年で92才になった彼女は、脳梗塞による片麻痺で在宅での生活が困難となり、施設入居となった。私は彼女の機能訓練担当だった。彼女はとても信心深い方で、私が僧侶であることもご存知であったのだが、5年の勤務の間に本当に色々なことをお話して下さった。
「これからは頂戴した寿命やから、毎朝起きたら窓に向かって今日を迎えられたことに感謝して、(施設の)お友達のために私が出来ることを探す!」が彼女の口癖であった。不自由な身体にもかかわらず、機能訓練で練習した車椅子を縦横無尽に駆り、『東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば、行ってその稲束を負い…』という宮沢賢治の詩にあるようなことを、狭いコミュニティーの中ではあるが彼女なりのスタンスで実践していた。
 
明日、会いに行こう。

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