過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ。

開催日:2025年11月10日

本年は、先の戦争が終結してより80年にあたります。宗門・管区・各寺院では、戦没者追善供養・世界平和祈願法要が営まれています。

我々日蓮宗徒は、終戦80年を期し、改めて布教方針「いのちに合掌」のもと、世界におけるすべての戦災犠牲者の御霊に、心からの哀悼の意を表しますとともに、皆等しく「いのち」を尊重し、世界平和・立正安国への誓いを新たにするものであります。

11月10日(月)恒例の管区行事である第56回護法大会を浄るりシアターで開催、同月15日(土)には日蓮聖人の第744御遠忌法要(宗祖の年忌法要)を蓮華寺にて奉修いたしました。

護法大会では、戦没者追善供養並世界立正平和祈願法要を、当管区護法大会では初めて修法師会に全面協力を仰ぎ、平和祈念のご祈祷を式中に取り入れることにいたしました。
修法師12人の木剣修法の迫力に、300人の参加者は圧倒されている様子でしたが、自然とその妙音に合掌し頭を垂れていました。

第2部の法話(第1部:法要・第3部:清興・第4部:唱題行の4部構成)は、遠く長崎県からお越しいただいた昭徳寺副住職森光寛師が登壇されました。

全国日蓮宗青年会執行部に在籍され、前立正平和運動委員長を務められた森師は、戦争の記憶や平和への想いを風化させることなく次の世代へ伝えていくため、慰霊や平和祈念の活動を継続されており、とても説得力のあるお話を拝聴いたしました。

5日後の御会式には、当管区の根本寺副住職服部憲厚師をお招きし、「祖母から聞いた戦争とお題目の話~戦後80年によせて~」を聴聞しました。

戦場へ食料などを運ぶ特務艦伊良湖の兵員として乗船されていたお祖父様の体験談を、世寿100で遷化されたお祖母様(本年第7回・休広忌)から、幼少の頃より伝え聞かされて育ったそうです。

最初にお話を聴聞する機会を得た時には、「40歳が戦争をどう語るのか」と些か訝しく感じておりましたが、師の話にすっかり溜飲が下がりました。
お祖父様はお祖母様に何百回と話されたのでしょう。その話をお祖母様が孫に何百回と・・

子や孫に対して、腫れ物に触るように接するというような話を聞くことがあります。若い家族の機嫌を損ねないよう、お互いが気分を害さぬようにと。

この国がこの先どんなに発展しても、生活が豊かになっても、「これだけは絶対に伝え続けなければならない」ということを、たとえ可愛い孫に煙たがられたとしても、お祖母様は実践されたのでしょうね。
やがて繰り返し繰り返し詳細に伝えられた貴重な光景は、まさに法華経を色読するかのように師の血肉となり、生々しい戦争体験の伝道師となりました。

”過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ”

護法大会と御会式の両方に参加者からは感動したとのお声をいただき、宗務所長としても住職としても有り難い限りの11月でした。

【護法大会挨拶より抜粋】
・・・根本的な人としての家族の営みを願う無垢な子どもたちや若い兵士の精神を破壊し、拉致し、殺戮する戦争。
従軍経験があり、ジャーナリストとして反戦活動を続けたむのたけじは、詞集たいまつにこう綴りました。「戦場で死んだ兵士は最後に、かあさん!と呼んだ。しかし、母親の誰も、息子のその声を聞いていない。」また、「一個の落雷は防げなくとも、百個千個の核爆弾の爆発は防げる。どんな大きな災いであろうとも、人間のつくったものなら、人間自身がそれを防ぐことも消すことも、むろん野放しにすることもできる。人間のつくったものを左右できるのは、人間だけである。」とも書きました。
身延山久遠寺では、「共に生き 共に栄える」という「共栄運動」を推進しています。価値観の違う相手を尊重し、認めながら共に生き、その結果、共に栄えるという信仰運動です。
日蓮聖人は「まず鬼神が乱れ、次に民衆が乱れ、そして国土が乱れる。」と仰せです。
鬼神とは私たち人間が生み出すものに他なりません。
我々日蓮宗徒は、四表の静謐、つまりは世界の安穏につながることを願いお題目を唱えて参りましょう。

”未来の果を知らんと欲せば、その現在の因を見よ”

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