藤井日静猊下 第五十回忌法要

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 石川県は、今季一番の寒気の影響で降雪となり、底冷えする寒い日が続いています。奥能登の方は40㎝を超える降雪となっているようですが、羽咋は現在のところ雪も解けてしまっています。あまり大雪にならぬことを願います。

 先日、日蓮宗総本山身延山久遠寺にて、歴代法主の年回忌法要が営まれました。本年は、身延山第八十六世法主の藤井日静猊下(一乗院日静上人)の第五十回忌にあたり、身延山より法要参列のご案内が届いていましたので、コロナ禍ではありましたが、感染予防・防止に最大限努め、自家用車で日帰りにて参列して来ました。

 藤井日静猊下は、私の師父である藤井日恵上人のご師範上人にあたる方で、私にとっては母方の曾祖父にあたります。明治12年、東京神田錦町の炭問屋の三男として生まれ、後に日蓮宗の僧侶として出家。大正期に「日蓮聖人御一代」の映画を用い、日蓮宗で初めて映画布教を行われました。昭和34年に身延山久遠寺の第86世法主、同38年には日蓮宗管長に就任されました。身延山では、街頭布教隊を組織し、自ら陣頭に立って各地で布教活動を行い。昭和44年には、身延山で世界連邦平和促進宗教者大会を開き「身延宣言」を採択。昭和46年12月27日、93歳にて身延山にて遷化されました。

 身延山の仏殿にて執り行われた法要は、内野日総法主猊下が大導師を務められました。私は法要参列にあたり、一枚の写真を持って法要に臨みました。それは私が1歳の時、身延山の水鳴楼でにこやかに微笑む藤井日静猊下と私と姉が写った白黒の古い写真です。写真を撮ったのは師父です。日静猊下は私たちをとても可愛がってくれたそうです。報恩感謝の思いでお経を読み、お題目を唱えさせて頂きました。

 法要後に、身延山上之山にある日静猊下の墓所(写真)にもお参りさせて頂きました。身延山高校にも御挨拶を済ませ、無事に能登へ戻りましたが、時刻は午後11時になっていました。コロナ禍のため車の中以外は、マスクを常時着用しての日帰り参拝。とても疲れましたが、御師の報恩法要に参列出来ましたことを心から感謝する次第です。12月27日は玉寿寺にても第五十回忌の法要を営み、母や家族と曾祖父の報恩法要を営みたいと思います。合掌

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