日ノ岡宝塔にて春季霊位追善供養法要

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 4月10日(月)京都市山科区日ノ岡宝塔(題目碑)にて京都府第一部宗務所所長橋本一妙師を導師に春季霊位追善供養法要が営まれ、参列者と共に粟田口刑場1万5千人処刑者の供養が行われた。
 この宝塔は、平安時代から明治時代の初めまで粟田口処刑場(現在の九条山付近)で処刑された約1万5千人の罪人の供養の為に建てられた。しかしこの宝塔は建て直されたものである。明治の初めまで刑場には各宗派が建てた宝塔が15基存在したが、形場が廃止されたと同時に廃仏毀釈により、全ての宝塔は取り壊され石垣や道路など様々な工事に転用、また放棄され埋没した。昭和に入り益々道路鉄道工事が盛んになり、埋没した宝塔の断片が工事中に発見。昭和14年、熱心な法華信者であった法華倶楽部創設者の小島愛之助氏が京都の日蓮宗寺院に呼び掛け、この宝塔の断片を基石として日ノ岡の地に新たに建立したのが現在の宝塔である。
 京都府第一部宗務所の所長任期が間もなく終える橋本所長は、「所長任期中にお世話になり感謝致すところでございます。これからは次期所長が引き続きこの法要の導師を勤めますので何卒宜しくお願い致します」と挨拶された。
 

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