【推薦図書】田坂広志著『死は存在しない―最先端量子科学が示す新たな仮説』(光文社新書、2022年)

 「死後、我々はどうなるのか」…「死」について考え苦悩するのは、人間にしかできない特権であると言われます。古来より、人類は「死」に対する恐怖や禁忌の念を抱き、死後の世界が安住であることを願って、様々な宗教を生み出してきました。宗教的・科学的・医学的な視点から著された文献も、枚挙に暇がありません。しかし、近年着目される量子力学(量子論・量子物理学)の世界では、理論上は死後の世界が存在するといわれます。
 仏教では、『華厳経』の三界唯心所現論や『倶舎論』の唯識思想において「自分の意識が世界を作る」という概念が説かれています。私たちが認識している空間と時間は、単なる心の手段でしかなく、空間と時間が実に精神によって造られた構造物であるとしたら、「死」というものは、一体どうなるのでしょうか。
 本書は、先端科学の原子力工学の研究者で、世界経済フォーラム(ダボス会議)や世界賢人会議ブダペストクラブの日本代表のメンバーとしても活躍し、現在は多摩大学大学院名誉教授を務める著者が、「死後の謎」に迫るといわれる科学「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」について解説したものです。
 「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」とは、宇宙に普遍的に存在する「量子真空」の中にあると考えられている場所(ゼロ・ポイント・フィールド)に、全宇宙のあらゆる事象の情報が記録されているという仮説です。仏教の唯識思想における「阿頼耶識」の次元、古代インド哲学の「阿迦奢(アーカーシャ)」の虚空に、これとよく似た考えを見ることができるといいます。ゼロ・ポイント・フィールドには、過去から現在までの出来事の情報だけでなく、未来の出来事の情報も存在し、すべての情報はその中に「波動情報」として記録されているというのです。量子物理学的には、世界のすべては「波動」でてきていることになりますので、著者は、それらの情報が「波動干渉」を利用した「ホログラム原理(波動の干渉を使って波動情報を記録する原理)」で記録されているといいます。つまり、死者の魂も、記憶も、このゼロ・ポイント・フィールドの中に波動として生き続けていることになります。
 「人は死んだらどうなるのか」…炭素や分子の混合物である肉体は、死んだら腐って土に返る一方で、生命ある体と結びついていた意識が、別のかたちで残り続けるとしたらならば、法華経に説かれる久遠の釈尊もまた、今はこの世に存在しないが、その魂は生き続けていることの科学的傍証になるかも知れません。

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