坊守のひとりごと26’6

5月初旬、47歳の誕生日を迎えることができました。幼い頃は誕生日が毎年ゴールデンウィークの最終日。学校も休みなので友人から祝ってもらえず、寂しいなあ、と思っておりましたが、50も近くなると誕生日はさほど嬉しいものではないものの、新緑の眩しい気持ち良い時期に産んでもらって有難いなあ、と感謝ばかりです。住職からは濃淡の作務衣と美味しい焼き鳥を、長女と次女からは家事の手伝いを、息子からは似顔絵(あんまり笑ってない)を、末っ子からは溢れんばかりの笑顔のプレゼントを頂きまして感無量でございます。孔子が晩年になって自身を振り返り書かれたという論語には『四十にして惑わず』とあります。不惑=迷わない確固とした自分を確立する、という意味のようです。ものの道理でさえまだ分かっていないというのに、こりゃぁ、50近くになっても不惑の境地に達するのは難しいな、と思っておりましたところ、『不惑』は誤訳だった、と書かれている文章を見つけました。孔子が生きた当時は「惑」という漢字は存在せず、「或」だったと。「或」は区切る、という意味。つまり区切らないようにする、これまでの自意識を排除していろいろなことをしなさい、という意味だったようです。孔子の生きた2500年前の40代もチャレンジをしていたのでしょうか。早いものでもう6月。さて何のチャレンジをしようかな、と考えるうちに今年も終わりそうです(笑)

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