「あ、襟が曲がっているな」、「いやだわ、寝不足でクマが出来ちゃった」
鏡を見て、そんなことを思ったりはするでしょうか。
外に出かける時や誰かと会う前に鏡の前に立ち、髪を整えたり服のシワを伸ばしたり。私たちの生活において、鏡は切っても切り離せない存在です。
鏡は私たちの目に見える姿形を映してくれます。
では、私たちの目に見えない心は一体何が映してくれるのでしょうか。
日蓮聖人は法華経を「明鏡」、曇りの無い鏡と例えております。
普通の鏡は人の姿形を映すけれども心を映すことはない。
けれども法華経という曇りなき鏡は自分の前世の行い、未来の結果、そして現在の心までも映し出す、とされております。
私たちの心は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の世界が互いに結びついた、全部で三〇〇〇の世界で成り立っているとされています。3千の世界を観察し、その中から仏様の世界を見つけて、悟りを開くための修行をしましょう、そのために法華経をお唱えしましょうと日蓮聖人は仰っておられます。
「そんなことを言われても、自分は心がささくれてしまっている」
「仏の心なんてあるわけない」
もちろん、普通の鏡を見ても、自分のコンプレックス、嫌なところは目についてしまうものです。嫌なところが目につけば、自分の良いところは見えなくなってしまいます。それは心も同じです。嫌なところから目を逸らそうとすると段々、鏡そのものを見なくなり、最後には良いところ、嫌なところを含めた自分自身が分からなくなってしまいます。
自分の良いところが見えなくなってしまった時は、自分以外の誰かに自分の良いところを教えてもらってください。私たちは自分自身の姿や気持ちは自らの目で観察することができませんが、自分以外の誰かの姿や気持ちを見て、観察することが出来るからです。良いところをありのままに受け止め、それから「南無妙法蓮華経」とお唱えしてみてください。法華経という曇りのない鏡は、あなたの心の中にある仏様の心を照らしてくれます。
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