仏陀降誕のレリーフ(ボロブドゥール遺跡)。釈迦牟尼仏の誕生を仏教では降誕・仏誕などというが、その時期については諸説あり、北伝仏教(主に大乗仏教)では紀元前463年の4月8日、南伝仏教(主に部派仏教・小乗仏教)では紀元前563年の5月4日の満月の日であったともいわれる。釈迦は、インドとネパールの国境付近にあったルンビニー(藍毘尼園)において、アショーカ(無憂樹)の花に手をのばした摩耶夫人の右脇腹から生れまれたと伝えられている。
今日、人の年齢の数え方には、満年齢(丸年/まるどし)と数え年(かぞえどし)があります。満年齢が一般的になる以前は、人の年齢の数え方は、基本的に数え年が原則でした。これは、暦の原理と同じで、誕生したその日が1才だったからです。洋の東西を問わず、多くの民族の暦の世界では、月の最初は1日で始まり、0(零・ゼロ)日ではありません。一年の最初は1月1日であって、0月0日ではありません。
これは、0(零・ゼロ)という概念そのものが、かつての人類には、なかったことに由来します。事実、漢数字は「一」、ローマ数字も「Ⅰ」で始まり、ゼロを表す文字はありません。年齢の場合も同様で、日本では、生まれた時に1才となり、以降、正月を迎える度に一つ歳をとります。生まれた日を0才とする風習は、基本的には元々なかったものなのです。ちなみに、数え年の考え方を厳密に守れば、大晦日に生まれた子は、明くる元日には2才となります。
正月に一つ歳を取ると考えられるようになった理由として、今日のような戸籍法が整うまでは、子の誕生日は家族の間でもさほど意識されなかったことに起因していると考えられます。医療が発達する以前は、乳幼児期の死亡率が高かったので、子の誕生日を記憶にとどめておく習慣はなかったのです。
誕生日を忘れられた状態で子が育っていくため、すべての人は一律に正月元日には一つ歳をとるという考え方になったのでしょう。一方、人が亡くなった時は、命日がしっかりと記録されました。子の成長は不確実であったため誕生日は記録も記憶もされませんでしたが、人の死は不動の事実でしたから記録に残されたのだと思います。
静岡本覚寺藏『御遷化記録』(部分)。日蓮聖人の場合も、誕辰(誕生日)は詳らかではなく、所伝では2月16日と言われるが、これは釈尊の命日(涅槃日)が大乗仏教では2月15日と伝えられていたため、その生まれ変わりの意味で、後世につくり出された伝承と考えられている。一方、日蓮聖人の命日は、六老僧日興の筆録『宗祖御遷化記録』等において、弘安5年(1282)10月13日であることが読み取れる。更に、同史料には世寿が61才だったことが記され、言うまでもなくこれは数え年でかるから、ここから逆算して、生まれ年は承久4年(貞応元年/1222年)であることが分かる。
そして、今度は、その命日を起点として、仏教徒では一周忌、三回忌といった年回忌が定められます。この場合も、暦の原理と同じで、亡くなったその日が、1回目の命日となります。そして、翌年に迎える祥月命日(故人が亡くなった同じ月の同じ日)は、2回目の命日になるのですが、2回目だけは「回」ではなく「周」で数えることにしたため、1周目の命日忌ということで一周忌と呼びます。
次いで、その翌年に迎える祥月命日は2周目の忌日ですが、逝去日(立ち日)を第1回目の命日忌と考えれば3回目の命日忌を迎えたことになりますので、「周」ではなく「回」で数えて三回忌と呼びます。2周目以降は何回目の命日かわかるように回数で呼び習わし、三回忌、七回忌、十三回忌と数えていくのです。
なお、三回忌までの考え方は、一周忌を小祥、三回忌を大祥と定めた中国の儒教の習慣等を取り入れたもので、それ以降の年忌は日本独自のものとされます。
三回忌以降の年忌の数え方としては諸説がありますが、一周忌から十二支が半周回る6年後に七回忌、七回忌から十二支が半周回る6年後に十三回忌、後は七回忌の十年後、十三回忌の十年後といったように回を重ねていくとも言われています。
ちなみに、亡くなった時の歿年齢の数え方も、今日では満年齢と数え年の2種類がありますが、仏教徒は基本的に数え年で数えるのが原則です。江戸時代以前の寺院の過去帳の記録はすべて数え年になっていますので、記録の上でも数え年と満年齢とを混用するのはあまり好ましくありません。
また、今日では、行年(人生を生きた年数)が満年齢、享年(命を享けた年数)が数え年のような印象で言われますが、本来は、行年も享年も同じ意味で、数え年のことでした。
なお、故人の享年(行年)の計算の仕方も、その昔は誕生日を念頭に置きませんでしたので、誕生日の前でも後でも関係なく、正月元旦に1才年を取ると考えて、生まれ年を基準に一律に数え年(満年齢に+1)で計算するのが当たり前でした。戸籍に誕生日が記載されるようになった今日では若干複雑なことになっており、誕生日の前後で歿年齢は違ってきます。どちらを採用するかは、菩提寺の住職に伺ってみてください。
なお、初七日・四十九日・百箇日の数え方についても、宗派や地域によって異なり、立ち日(亡くなった日)を一日目として逝去当日から起算する場合と、亡くなった翌日を一日目として逝去翌日から起算する場合とがあります。例えば、立ち日が三月一日の場合の初七日は、前者では三月六日になり、後者では三月七日になります。