合掌 陽春の候、皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
普平山妙興寺は本日、平成26年3月28日で開創450年を迎えました。
当山の開山、瑞應院日逞上人は泉州堺から単身入郷し、戦国の世、永禄7年(1564)3月28日、現在の地に妙興寺を米子最初の法華道場として建立されました。
本山と仰ぐ広普山妙國寺は、豪商油屋出身の仏心院日珖上人(日逞上人の甥)が、戦国大名三好氏の外護を受け、堺に建立した寺地四万五千坪を誇る巨刹で、織田信長公ゆかりの大蘇鉄が著名なうえ、本能寺変には徳川家康公も在宿した華々しい寺歴を有した勅願寺です。日珖上人は宗門中興の高僧で後に中山法華経寺に晋董し、その教学の流派からは数多の学僧を輩出しました。
また日珖上人に三好氏は一族挙げて帰依し、一門であった横田内膳公も20歳の時、日珖上人により、受法の儀式を受け熱烈な法華信徒になりました。内膳公がその後、中村藩の家老として入府した米子で妙興寺日逞上人に出逢った驚きは、人智を超えた仏縁に恵まれた信仰の証ともいえるものでした。当山は、その後も内膳公の菩提所として藩主に寺領を安堵され、宗門指定の宝物も多数格護し、歴代の住職が法燈を連綿と継承してきた市内有数の古刹であります。
近年は郷土史研究の機運も高まる中、内膳公碑の改修工事も、仏祖三宝のご加護のもと、市当局並びに檀信徒各位のご協力を得て無事円成しました。当山としても、県内外を問わず情報発信に鋭意努力を重ねております。
顧みれば、宗祖日蓮大聖人の誓願である「一天四海 皆帰妙法」全ての人々が、お題目「南無妙法蓮華経」により、心の平安を得ることの出来る社会の実現を目指し、開創以来歴代の先師も心を砕いてこられたものと存じます。今日のように多様化した現代であればこそ、苦難を抱える人々が、信仰に生きる大切さを実感できる生活が必要とされるのです。
宗祖日蓮大聖人が、お唱えになったお題目には大いなる「仏さまの智慧」が込められ、内膳公が頂かれた「お題目のご縁」は、私たちの心にも結ばれているのです。
「普」あまねく全てに、「平」平等に、仏さまの心、お題目を広める「山」、その山号をいただく妙興寺をお預りする住職として、不断の努力を続けてまいります。皆さまには今後とも変わらぬお力添えをお願い致します。
この慶事の喜びを共に祝し、ご家族皆さまの益々のご発展を祈念して、開創450年のご挨拶といたします。 再拝
普平山菩提樹院妙興寺 27世伝燈 酒井日遠