令和8年10月15日、日蓮宗岡山県布教師会の有志とともに、佐賀県小城市にある本山・松尾山護國光勝寺にお詣りしました。
松尾山護國光勝寺(まつおさん・ごこくこうしょうじ)は、九州における日蓮宗の中心となる由緒あるお寺です。文保元年(1317)、千葉胤貞(ちばたねさだ)によって創建され、開山は千葉県の中山法華経寺の第3世日祐上人と伝えられています。700年を超える歴史を有する名刹です。
このお寺と深い関わりを持つのが、室町時代に活躍した日親上人です。日親上人は、法華経の教えを広めるために各地で布教に努め、厳しい弾圧にも屈することなく信仰を貫いたことで知られています。頭に熱した鍋をかぶせられるほどの迫害を受けたという伝承から、「鍋冠り日親」とも呼ばれています。光勝寺では第14代住職を務め、九州地方に日蓮宗の教えを広めるうえで、大きな役割を果たされました。
しかし、長い歴史を重ねる一方で、近年は本堂をはじめとする諸堂の老朽化が進み、雨漏りやシロアリによる被害など深刻な問題を抱えていました。由緒ある本山とはいえ、檀家数が限られていることもあり、大規模な改修工事の実現は容易ではありませんでした。
そのような状況に転機が訪れたのは、令和3年、第65世貫首に松島日應僧正が就任されてからのことです。日蓮宗佐賀県宗務所長を務めた後、重責を担って松尾山の法灯を継承された松島貫首は、荒廃した本山を再興するため、「令和の大改修事業」に着手されました。
貫首自ら、佐賀県内はもとより全国各地を行脚し、広く支援を呼びかけて浄財を募られました。さらに、クラウドファンディングにも取り組まれました。松島貫首の熱意に応え、九州を中心に全国各地から多くの浄財が寄せられ、令和7年には本堂の改修工事が成就しました。
本堂の右側の脇檀には、新たに全長約4メートル30センチの大鬼子母神像が安置されていました。木像として国内最大級とされるそのお姿は、圧倒的な迫力を放ち、参拝者の目を引きます。
現在も本堂から連なる右手側には新たな客殿の建設が進行中であり、諸堂すべてが整っての落慶法要は、来年の9月を予定しているとのことでした。
ご多忙の中、私ども日蓮宗岡山県布教師会の参拝団のために丁重なご開帳法要をお勤めいただきました。さらに、復興に至るまでのさまざまなご苦労話を交えながら、心に響くご法話を賜りました。また、寺庭婦人をはじめ山内の皆様にも心のこもったご接待をいただき、参加者一同、深く感激いたしました。
何より心を打たれたのは、松島貫首猊下の信仰に対する揺るぎない姿勢と本山復興に懸ける並々ならぬ熱意でした。長い歴史を受け継ぐことは、決して容易なことではありません。しかし、強い信念のもとに自ら行動し、多くの人々の力を結集することで、困難な事業も成し遂げられるのだと改めて教えられた思いがいたします。
歴史ある本山の復興に触れ、信仰を伝え寺院を後世に護り伝えていくことの大切さを学んだ実り多い研修となりました。




