浦安の歴史~法宣院文書~

この記事は最終更新日から1年以上経過しています。
記事の内容やリンク先については現在と状況が異なる場合がありますのでご注意ください。

昨夜の信行会では、法宣院文書の資料を配布しました。

室町時代(応永二十四年・1417)、浦安猫実地区に八幡猫実講という日蓮宗の講があり、
その頃から猫実(ねこざね)という地名が存在し、浦安に人が住んでいた証拠となっているそうです。

ちなみに、明治二十二年、堀江・猫実・当代島の三村合併により、浦安村となりました。
 

この記事は最終更新日から1年以上経過しています。
記事の内容やリンク先については現在と状況が異なる場合がありますのでご注意ください。

一覧へ