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サンゲと供養のお寺

千葉大網 九十九里浜 智弘院

【Chicouin】

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イベント・活動

イベント・活動

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七面大明神大祭放生会 9月13日(日)10時半  ペット供養[午後2時]

開催日: 2020年09月13日

当山に御勧請の七面大明神さまのお祭りが行われます。

七面大明神(七面天女)は、法華経を信仰する人々の守護神として全国各地で信仰されています。

そのお姿は、右に施無畏の鍵を、左には如意珠の玉を持ち、日蓮宗総本山、身延山久遠寺の裏鬼門にあたる七面山山頂に祀られています。

建治3年(1277)9月、日蓮聖人が、身延山山頂から下山の道すがら現在の妙石坊の高座石と呼ばれる大きな石に座り信者の人々に 説法をしていた時、一人の美しい婦人が熱心に聴聞していました。

日蓮聖人は、「このあたりでは見かけない方であるが、一体だれであろうか」と一同が不審に思っている気持ちに気付き、 その若い婦人に向かって、「そなたの姿を見て皆が不思議に思っています。あなたの本当の姿を皆に見せてあげなさい」と言いました。

すると、婦人は笑み「お水を少し賜りとう存じます」と答え、
日蓮聖人が傍らにあった水差しの水を一滴その婦人に落とすと、
今まで美しい姿をしていた婦人は、たちまち紅龍の姿に変じ、
「私は七面山に住む七面大明神です。身延山の裏鬼門をおさえて、 身延一帯を守っております。末法の時代に、法華経を修め広める方々を末代まで守護し、その苦しみを除き心の安らぎと満足を与えます。」
と、言い終えるや否や、七面山山頂の方へと天高く飛んで行きました。
その場に居合わせた波木井公をはじめ人々は、 この光景を目の当たりにし随喜の涙を流して感激したといいます。

その後、聖人入滅16年後の永仁5年(1297)9月19日、波木井公は六老僧の一人日朗上人と共に七面山に登り七面大明神を祀ったと伝えられ、 七面山ではこの日をもって開創の日とし、大祭を行い参詣者で賑っています。

身延に古くから伝わる身延鑑には、七面山の名の由来について、
『此の山八方に門あり、鬼門を閉じて聞信戒定進捨懺に表示、 七面を開き、七難を払い、七福を授け給う七不思議の神の住ませ給うゆえに七面と名付け侍るとなり。』
とあり、 また七面大明神のもとのお姿は『安芸の国厳島弁財天』と記されています。

当日、七面大明神御宝前に於いて、御祈願御祈祷を致します。
ご参拝くださいますようご案内申し上げます。

放生会「食材供養会」

 

収穫・実りの秋
智弘院では年に一度、あらゆる食材、恵みに感謝するとともに
商売繁盛、千客万来、盛運隆昌、病気平癒を祈ります

私たちの生命は、他の生命の犠牲の上に成り立っています。
日頃は意識することは少ないですが、これら物言わぬ生命のおかげで生かされています。
花草木、虫魚鳥獣などの万物の命に供養する。
あらゆる生き物の霊を慰め、感謝の気持ちを捧げるとともに、私たちの家内安全・身体健全・病気平癒を祈ります。

食材供養では、お経を読みご供養した後、鳩を放ち、ドジョウを川に放ちます。

飲食店関係者や生き物に携わるお仕事の方、どうぞご参加ください。

HP 智弘院放生祭

放生会(ほうじょうえ)

放生会とは、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める儀式です。
仏教の戒律である「殺生戒」を元として、
日本では神仏習合によって神道にも取り入れられ、
収穫祭・感謝祭の意味も含めてまたは秋に全国の寺院や、
宇佐神宮を初めとする全国の八幡宮(八幡神社)で催されます。
特に京都府の石清水八幡宮や福岡県の筥崎宮のものは、それぞれ三勅祭、
博多三大祭として、多くの観光客を集める祭儀としても知られています。
 
『金光明最勝王経』長者子流水品には、
釈迦仏の前世であった流水(るすい)長者が、
大きな池で水が涸渇して死にかけた無数の魚たちを助けて、
説法をし放生したところ、魚たちは三十三天に転生して、
流水長者に感謝報恩したという本生譚が説かれています。
また『梵網経』にもその趣意や因縁が説かれています。
 
仏教儀式としての放生会は、中国天台宗の開祖智顗が、
この流水長者の本生譚によって、漁民が雑魚を捨てている様子を見て、
憐れみ、自身の持ち物を売っては魚を買い取って、
放生池に放したことに始まるとされています。
また『列子』には「正旦に生を放ちて、恩あるを示す」とあることから、
寺院で行なわれる放生会の基となっています。
 
日本においては天武天皇5年(677年)8月17日。
諸国へ詔を下し、放生を行わしめたのが初見であります。
殺生を戒める風はそれ以前にも見られたようで、
敏達天皇の7年(578年)に六斎日に殺生禁断を畿内に令したり、
推古天皇19年(611年)5月5日に聖徳太子が天皇の遊猟を諫した、
との伝えもあります。
聖武天皇の時代には放生により病を免れ寿命を延ばす、
との意義が明確にされました。
放生会は、養老4年(720年)の大隅、日向両国の隼人の反乱を契機として、
同年あるいは神亀元年(724年)に誅滅された隼人の慰霊と、
滅罪を欲した八幡神の託宣により宇佐神宮で行なわれ、
石清水八幡宮では貞観4年(863年)に始まり、
その後天暦2年(948年)に勅祭となった。
 
明治元年(1868年)に神仏分離のため仏教的神号の八幡大菩薩が、
明治政府によって禁止され、7月19日には宇佐神宮や石清水八幡宮の
放生会は仲秋祭や石清水祭に改めさせられました。
本祭開催日も、古来より1200年以上、旧暦8月15日の祭礼として
行なわれてきましたが、明治の廃仏毀釈により、
10月10日(仲秋祭)に変更を余儀なくされました。
 
智弘院
9月13日 午前 食材供養会

    午後 ペットの供養

今はペットが家族の一員と考えておられる方が大勢いらっしゃいます。
 亡くしたことを受け入れられず、ペットロスになり、
体調不良になる方もおられます。
人間とペットの付き合いの歴史は長く、
遡ると犬は縄文時代から狩猟の手伝いや
番犬として活躍しており、奈良・平安時代には
愛玩犬として貴族に親しまれてきました。
また、猫に関しましも、奈良時代頃より、
ネズミ除けとして中国から連れてこられたそうで、
平安時代には犬同様に室内で飼われるようになり、
犬とともに古来より人間と、とても身近な存在として親しまれてきました。
 
仏教では、私達人間を始め動物(ペット)はもちろんの事、生きとし生けるものすべて、
その命は平等であると説かれています。
もちろん、永年ご家族と一緒に暮らしてきたペット(動物)達は特別な尊い命です。
ご家族皆様と一緒に唱える読経の功徳により、
亡き家族(ペット)達の色々な苦しみが無くなり、
来世での成仏(幸せ)をお祈り致します。
 

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