ショッピングモールに行った。まだ言葉を覚えたての小さな子が「 エベレーターにのりたいの」と言っている。“エレベーター”を“エベレーター”と言い間違えていたのだ。こうした言い間違え、幼児にはよくあって「音位転倒」と呼ばれる現象という。
新しい年を迎えた。「年があらたまる」とも言う。実は「あたらしい」は本来は「あらたし」で、今から千年以上も前、平安時代以後に「ら」と「た」の音位転倒が起こったとされる。
「あらたまる」には「物事が新しくなる。古いものが新しいものに替わる。新しい段階に入る。入れ替わる。変化する。一転、あるべき状態にもどる。改善される」などの意味がある。
昨年の暮れ、幾人かの方に「喪中だが新年・正月に、お寺に初詣りをしたいが良いでしょうか?」と聞かれ、「おおいに結構です。どうぞお詣りください」と答えた。
喪中、喪に服すという考えは儒教の影響とされる。近しい人が亡くなって、その死を悼み、悲しみを癒やす時間をいうのだと思う。となれば、故人を偲び、お寺に参詣することは、いたってすぐれた行いである。
悲しいことではあるが、人は必ず死ぬ。「あらたまる」には「変化」との意味もある。まさに死とは大きな変化であり節目ではあるが、穢れと見たり、忌み嫌うべきものではない。終わりの中にはじまりがあり、はじまりの中にも終わりがあると考えるのが仏教である。
さぁ、年があらたまった。過去も大切にしながら、変化を意識し、より良い自分になろうと、心をあらたにするのである。


