2026年1月の「法の葉」

午年

日蓮宗の開祖・日蓮聖人は午年の生まれ。「くりかげ」という愛馬がいたと伝わる。日蓮聖人は晩年の九ヶ年、身延山(山梨)に住まわれた。弘安五年(一二八二)体調をくずされ、身延を離れて池上(東京)に赴かれる。この地には信徒の池上氏の屋敷があり、ここで一月足らずの間逗留された後、数え六十一年のご生涯を閉じられた。

池上に滞在中、身延の信徒・波木井氏に手紙を送られた。『波木井殿御報』と称されるこの書中に愛馬(くりかげ)を「 ひたちのゆへひかせ候わんと思い候」とあるところから、日蓮聖人が「常陸の湯」つまり常陸(茨城県)の温泉に向かおうとされていたとする説があるが、これは勘違い。

「ひたちのゆ」とは「肥立ちの湯」ということで、愛馬に養生のための湯治をさせたいとのお言葉である。

日蓮聖人がお亡くなりになったのも午年。

お釈迦様の教え「妙法蓮華経」を証明し、伝え弘め、疾駆されたご生涯であった。

一覧へ