先日のこと。歯科医院に行った。定期的な歯の点検クリーニングのためである。治療中、顔にはタオルを掛けられる。水しぶきが飛んで、不快な思いをしないようにということと、医師・歯科衛生士と患者が不用意に目を合わせて、互いに気まずくならぬようにとの気づかいもあろうか。
さて私が歯科衛生士に施術を受けていると、その衛生士が小声で誰かに声をかけた。どうも新人の後輩を呼んだようだ。衛生士はその後輩に「ここが分かりやすいと思うんだけど・・・」と言って、私の口の中を見せているようだが、私は顔にタオルをかけられているのでハッキリとは分からない。どうも私の歯ぐきにいくらか化膿しているところがあり、その患部を見せてレクチャーをしていたようなのだ。
私に何の断りもなく、勝手に指導の題材にされて、私は何だかモヤモヤした。それでも「これも新人さんの技術向上のためか」と思いなおし、クレームは入れなかった。
ここで一つ思い当たることがあった。いつも火葬場で、収骨(骨上げ)の際に感じるモヤモヤ、その正体が分かった気がしたのだ。
火葬が終わり、故人の遺族など参列者の前に、焼骨が引き出される。火葬場の職員が「こちらが頭部のお骨です」などと、遺骨の説明を始める。参列者は身を乗り出して遺骨をのぞき込む。
それまで故人の死をなげき悲しんでいた人々が、実演販売の商品説明でも聞くように、好奇の目つきに変わってしまう。故人の体であった骨が、単なるモノ扱いにされているようで、言いようのない不快感に私はとらわれる。
衛生士が本人に断りもなく口中の患部(体の内側)を第三者に見せ、説明を加える様子に、私は少なからず苛立ちを覚えた。故人は口の中をのぞかれたどころではない。体全体をくまなく晒され、覗かれてしまうのだ。故人が声を出せれば、きっと大きな不満を訴えるのではないだろうか。
肉体は死しても、心が無に帰するわけではないと仏教は説き明かす。となれば、遺骨の説明は、無遠慮で不遜な行為であり、故人を冒涜するものであると考える。

