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第59回日蓮宗布教研修所

【Dai-59kai Nichirenshu Fukyo-kenshujo】

〒270-0002 千葉県松戸市平賀63 本土寺実相閣内布教研修所

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LINE法話「慈悲」

このブログは、日蓮宗LINE公式アカウントで配信している3分法話の内容を記載しています。
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おはようございます。皆さま、今朝は如何お過ごしでしょうか。

通勤途中の方、通学途中の方、またはご自宅でお過ごしの方…。皆さまそれぞれに朝の大切なお時間をお過ごしのことと思います。もし宜しければ、これから3分間ほど私のお話にお付き合い頂けないでしょうか。どうぞ宜しくお願いします。

以前、このような話を耳にしたことがあります。

日本では秋の風物詩としてお馴染みの鈴虫の鳴き声ですが、日本から遠く離れたヨーロッパでは「ノイズ」すなわち「雑音」として受け取られているとか。
「ヨーロッパの人は風情が分からないのか?」と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、実はこれは伝統的、歴史的に培われてきた脳の働きの違いによる「物事に対する感覚の違い」が原因なのだそうです。同じ人間なのに、所違えば、一つの物事に対する姿勢も変わってくるのは不思議ですよね。

さて、今日は皆さんに少し考えて頂きたいことがあります。

もし、あなたの目の前に落ち込んでいる人、悲しんでいる人が居たとしたら、あなたはどう接しますか?

「元気出しなよ!」って励ましますか?
それとも「クヨクヨしてたら良いことないから、気持ちを切り替えなよ!」って発破をかけますか?色々と接し方はあると思いますが、果たしてどれが正解なのでしょうか?とても難しい問題です。

というのも、心が弱っている人に接するとき、相手と自分とでは、同じ言葉でも感じ方が全く違ってしまうからです。

こういった場合の接し方と心構えについて、お釈迦様は私たちに二種類の方法をお示し下さっております。それは「慈悲」です。「慈悲深い」などのように使いますが、実は「慈」と「悲」という、二つの方法が合わさって出来た言葉なのです。御存知でしたか?

「慈」は相手に「幸せ」ですとか「安らぎ」を〝与える〟ことです。「与える」とありますように、「慈」は言葉や行動などによって相手に直接働きかける接し方です。

対して、「悲」は相手が抱え込んでいる苦しみや悲しみに寄り添う〝思いやり〟のことです。これは「慈」とは対照的で具体的に何かを働きかけるのではなく心構えです。

「慈」と「悲」…。

どちらも素晴らしい意味がありますが、特に「悲」は「ほとけさまが実践されている心構え」であるとされております。

ついつい私たちは、困っている人を前にすると、何か為になる言葉や心を動かすような言葉を掛けないといけないような気がしてしまいます。しかし、実は必ずしもそうではないのです。

何も言葉が無くて良いのです。ただ、あなたが寄り添うだけで、側にいるだけで救われる人がいるのです。

どうか難しく考えずに、あなたにも誰かを救えると信じて手を差し伸べてあげて下さい。

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