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枯木祖師のきんたく山

金澤山 妙應寺

【Kintakusan Myooji】

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なまぐさ坊主の真面目な闘病記⑫ー若しは病床に在っても

 写真は岩手県石巻が生んだ詩人・童話作家の宮澤賢治。僕が最も敬愛する人物である。彼の名前を知ったのは小学校の国語の教科書であったと思うが、ほんとうの出会いは僕が35歳の時。専任布教師となって初めて金沢市の老人センターの教養講座で話をすることになり、日蓮聖人のほかに法華経に生涯を捧げた人物がいないか探していて賢治に出会った。それ以来、お説教で賢治の生涯と生き方を紹介し、随分とお布施をいただいてきた。(笑)

 そんなわけで、お礼を申しあげるために平成14年に花巻の身照寺を訪ね、賢治の墓に手を合わせた。五輪塔形式の小さな墓は、デクノボーと呼ばれるような生き方をしたいと願った賢治にふさわしいものであった。

  宮澤賢治と言えば、誰もが知っている「雨ニモマケズ」の詩。僕が小学校の教科書で出会ったのもこの詩だった。賢治の死後、愛用のトランクから写真の手帳が見つかった。「雨ニモマケズ」の詩が書かれているので、この手帳を「雨ニモマケズ手帳」と呼んでいる。

 この有名な詩が書かれたのは昭和6年の11月3日。賢治が肋膜炎を患い長い闘病生活に入ったのは昭和3年の8月。その後一時平癒と診断され、昭和6年3月に東北砕石工場技師となった賢治は、同年9月20日に商用で上京、着京とともに発病病臥し、9月21日には両親に宛てた遺書をしたためている。奇しくもその2年後の昭和8年9月21日に37歳の若さで亡くなるのだが、病床にあって時折この手帳に詩や戯曲の構想をしたためた。

 長くなるので省略するが、「雨ニモマケズ」の詩は、もろもろの苦悩を身に負った農民たちの幸福のために献身的な生き方をしたいという思いを綴ったものであり、賢治は菩薩道に生きる誓願をデクノボー精神として表現した。デクノボー的生き方が賢治が法華経から読み取った菩薩のあり方であった。賢治は日蓮聖人が文永10年7月8日に佐渡で書かれた「十界曼荼羅」【じゅっかいまんだら】の複製を御本尊として日常奉掲礼拝していたが、「雨ニモマケズ」の詩句に続けて、曼荼羅の二尊四菩薩を書写していることからも、その信心の深さが読みとれる。

 賢治は18歳の時に父親の書棚にあった島地大等編『漢和対照 妙法蓮華経』を読み、震えるほどに感動したと伝えられている。それ以来、37歳で亡くなるまで熱烈なる法華経信仰を続け、法華経精神に基づいた人生を生きた。(写真は復刻版)

 この手帳の扉裏(写真)には、「当知是所 即是道場 諸仏於此 得三菩提」の経文、続けて第2ページには、「諸仏於此 転於法輪 諸仏於此 而般涅槃」の経文が書写されている。いうまでもなく、法華経神力品の「道場観」として知られる有名な経文だ。原典では「阿耨多羅三藐三菩提【あのくたらさんみゃくさんぼだい】」だが、賢治は漢字4文字に揃えるため三菩提と略した。「当【まさ】に知るべし、是のところは即ちこれ道場なり」とは、原典の「若【も】しは園中に於ても、若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧房に於ても、若しは白衣【びゃくえ】の舎【いえ】にても、若そは殿堂に在っても、若しは山谷曠野【せんごくこうや】にても、是の中に皆塔を起【た】てて供養すべし」の前文を受けているわけだが、賢治は「若しは病床に在っても」の言葉を補いたい気持ちで、如説修行の覚悟を新たにして書写したものと思われる。

 僕はこのことをベッドで思い出し、この病室を道場として如説修行に励む覚悟を決めた。入院して最初の1週間は呼吸が苦しくてそれどころではなかったが、毎日テレビばかり観ていて時間を無駄にしてはいけないと思い、奥さんに数冊の本を持って来てもらい読書に励むことにした。まずは山折哲雄先生の『死者と先祖の話』と植木雅俊先生の『仏教学者 中村元』と『人間主義者ブッダに学ぶ』で肩慣らし。

 その上で取り組んだのが、植木雅俊先生が翻訳された『サンスクリット原典現代語訳 法華経』だ。植木先生には7月からうちのお寺で6回にわたる講義をお願いしてある。植木先生ご本人も鬱病に悩まされ、その時読んだ法華経で心が救われ、それをきっかけとしてサンスクリット語を独学で学ばれ、偉大な功績を残された。今まで何回も読んだ法華経だが、その神髄を僕はまだつかんでいない。先生の講義を受ける前に何とか深い理解にいたるように、毎日少しずつ読み進めたが、僕には奇跡のようなことは起こらなかった。凡人じゃ駄目みたいだね。(笑)

 ただ、今回の経験から、残された人生を法華経の弘通にかける覚悟だけは出来た。そう考えれば入院も悪くない。かと言って、もう一度入院したくはないけどね。(笑)

 つたない闘病記をお読みくださった方、ありがとうございました。(おわり)

 

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