~言葉にならない声~
お会式も終わり、暑かったり寒かったり気温の落ち着かない日々が続いています。
一昔前は、池上の12日の御逮夜に出かける際は、コートを羽織って秋も深まってきたなと思いながらお参りしましたが、今ではすっかり半袖の方もいるほど気温は上昇するばかりです。
先日、どうにもならないと問題を抱えた方が相談に来られました。
お題目を信じ、唱題行に励むこと。自分の六根を整え、清める事に集中することをお話ししました。悩むことは、心も口も硬くなり、動きがとれなくなってしまいます。
寺院を訪れた方の話を聞いている私自身も、僧侶である故に、話すことを先延ばしにしてしまうことがありました。
法華経の僧侶として、最も難行と思われる事態にあった時の事です。
僧侶としての資質が問われ、どうするべきか選択に迫られました。
運営を優先で考えるなら語らない同門の方もいると思いますが、30年の節目として少し話したいと思います。
大都会 東京 寺とは公に許可されたもの その中で真っ向から運営を妨げる輩がいました。
東京は生き馬の目を抜く所とも言われるほど、情報と競争力、価値観がぶつかり、ひしめき合う落ち着かない場所でもあります。
士業、医師、僧侶 聖職 職業は、時として、とてつもない理不尽な攻めにあうという事があります。法華経の僧侶であるならば、なお怨嫉多しであります。
読経、唱題 毎週湘南新宿ラインに乗って、鎌倉へ行き、真を抜かれぬよう日蓮大聖人の布教地を参拝しました。
師匠である父母が、社会に出て様々なことを学び、特に経営者と話せるような仕事をして、世の中をみなさいと、言われたことの意味が深く理解できた時間でもありました。
又そんな折、同時に会社勤めをしていた私は、不思議なくらいに仕事にも打ち込んでいました。某大手企業本部長より高く評価を頂きましたが、上司とは、驚くほど人事管理に卓越しているもので、私が何かを抱えて仕事をしていると察していました。
部下が1考えている間に上司は10考え、100歩進んでいるような本部長は、ただ一言私に言葉を告げました。
何が底にあるの 言わなきゃいけない。言葉を発さなければわからないよ。
仏さまは変化の人を遣わして・・と説かれますが、考え込むが故に、光をあてられた様な一言でした。誠意をそっと誠意で返してくれる優しい上司 チームでした。
また、深い憤りに胸を押さえ、池上参拝した折、総門右の寺院門前に持妙法華問答抄が、ご住職の筆で記されておりました。
只須らく汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたおし忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし
名聞名利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだし也
嗚呼恥づべし恥づべし恐るべし恐るべし
何度も何度も日が沈むまで読んでいました。
池上宗務院の現代宗教研究所を訪れ、問題解明に資料を頂き、丁寧に対応頂いて自坊に帰りました。何かがほどけるように数日ぶりに眠りについたのを覚えています。
生きることに便利なようで、生きずらい大都会 東京
しかし日蓮大聖人は国の中枢で布教し題目の旗を翻したのです。
ですから誇りをもって法華経の僧侶として、伝えていきたいと思います。
