~本年終戦80年~
当山の前の道路は緩やかな坂道になっています。
いろいろな物をネットで購入できる昨今、宅配業者が朝から忙しそうに荷物を届ける姿も、当たり前のようになっています。
スーパーに買い物にいかなくても、必要なものを必要な分だけ自宅まで届けてくれる。
子供の頃は、個人商店が多くあり、まだ量り売りをする店もありました。小さな鉛筆を耳に挟んだご主人が、ソロバンはじいて会計する。天井から吊るしたかごからお釣りを出して、ちいさな手の中に、飴と一緒にお釣りを入れて、気をつけて帰るんだよと送ってくれる。人間味のある優しい生活がありました。
門も玄関も鍵などかけず、、夏になると、玄関に冷たい麦茶を用意して、振舞っていましたし、だからといって治安は守られていました。
そしてよく、戦争の話を聞きました。
昭和20年前後、この緩やかな坂は、戦争で亡くなった亡骸をリヤカーに乗せ往来した道であったとの事。亡骸は五体の身体は殆ど無く、部分だけのご遺体が9割をしめていたとの事でした。暑い夏の日、この坂を通り、後ろにある某大学宿舎跡で荼毘に付したとの事です。その黒煙はいつまでも、いつまでも続いたと聞いています。
当山は戦争の犠牲者を弔う意思もあり、建立した寺院であります。
高度経済成長期に生まれた私が、戦争について何かを語ることなど出来ませんが、
本年は、決して日々の生活に起こるあらゆる出来事を愚痴することなく、
ひたすらに、弔う読経をすることに徹したいと思います。
過去に手を合わせることは、己の足元を見つめることと信じて・・
合掌
