時を超える想い、永遠に。

「鬼滅の刃」にみる仏教

社会現象といえるほど一世を風靡したアニメといえば、「鬼滅の刃」。コロナに立ち向かう私たちと、仲間と助け合って鬼を倒すという「桃太郎」の系譜に連なる鬼退治のストーリーが重なり、コロナ禍の日本に明るい希望を与えてくれました。そしてこの鬼滅の刃、私たちお坊さんが見ても、うん!そうそう!と思わず頷いてしまうような素敵な言葉がたくさん出てきます。

例えば、主人公である炭治郎の『人は心が原動力だから心はどこまでも強くなれる』という言葉。幸せも、不幸せも、自分の心次第。仏教では、何よりも”心”が一番。三毒に負けない強い心、清らかな心でいるための「心磨き」が大切だと説きます。また劇場版で大人気となった煉獄さんの『老いることも死ぬことも人間という儚い生き物の美しさだ』という言葉には、人間として生まれた以上、決して抗うことのできない「生老病死」(四苦八苦)をありのままに受け入れ、だからこそ”今”を輝かせることが大切なのだという、前向きな生き方が説かれています。他にも心温まる素敵な言葉や描写であふれています。これらは、すべて仏の教えに通じるものばかり。その中でも、特に私が好きな言葉があります。
『永遠とは人の想いだ。人の想いこそが永遠であり不滅なんだよ』
想いは、継ぐもの、継がれるもの。そして、あらゆる”いのち”は、繋がっている。だからこそ私たちは、三世を超えて、願い、祈るのです。

大切なものは、時を超える

お釈迦さまの時代から約2500年。その頃日本は縄文から弥生時代でしょうか。そこから仏教が伝来した飛鳥時代、日蓮聖人の鎌倉時代、争いに明け暮れた戦国時代、長きに栄華を極めた江戸時代、そして戦争という惨禍を経験した明治・大正・昭和、そして現代の平成・令和と、たくさんの時代を経てきました。時代時代で様々なものが生み出され、それとともに価値観も何度となく変わり続けてきたことでしょう。時代が変われば、人も社会も変わる、価値観も変わる、当然のことです。

しかし、どんな時代にあっても、仏の教え、お釈迦さまの言葉は人々の心を照らし続けてきました。そして今も、その教えは人々の心に寄り添い続けています。他の何が変わろうとも、何百年、何千年と変わらず人の心を照らし続けてきた。これはもの凄いことだと思います。まさに不可思議とはこのことです。

仏の教えは、時を超える。時代を超え、国を越え、今日まで受け継がれてきた事実こそが、仏教は真理を説いているのだということを証明しているような気がします。やはり大切なものは、変わらない。そして人も、人の想いも、どんな時代でもその根本にあるものは変わらないのかもしれません。そう考えたとき、先述の「人の想いこそが永遠であり、不滅」という言葉が心に染みるのです。

聖地ブッダガヤで祈る人々

お釈迦さまからのメッセージ

では、お釈迦さまの想いとは何なのか。生きとし生けるものすべてが幸せに生きてほしい。幸せに生きたいと願う私たちを、いつも、どんなときでも見守っている。そんな大きく、優しく、温かい、お釈迦さまの想いが法華経の一文一句にはあふれています。
永い年月、変わらず継がれてきたバトンを受け取った私たち一人ひとりにできることは、それぞれの”今”を輝かせること。この世の全ては苦である(一切皆苦)と説きながらもなお、「この世界は美しい。人生は甘美なもの」と言い切ったお釈迦さまのメッセージを信じて、私たちは人生を前向きに全うし、光り輝かせたいものです。

法華経に説かれるお釈迦さまの想い

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