「植木雅俊先生に学ぶ法華経」第6講ー光で人が救えるか!!!!

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  8月31日(土)午後2時より植木雅俊先生を講師にお招きし、「現代語訳で読む『法華経』」第6講が開催された。前日までの豪雨が嘘のように晴れ渡り、これも法華経の功徳であろうか。今回の参加者は24名。前回に比べ5名も減った。日蓮宗の布教院に入られたお二人はやむを得ないとして、せっかく志を立てて聴講を始めたのに、途中で挫折してしまうのは、誠に残念である。
 今回は随喜功徳品第18から常不軽菩薩品第20までの解説。今回の講義で特に重要なのは言うまでもなく常不軽菩薩品。本章の主人公であるサダーパリブータを鳩摩羅什は「常不軽」(常に軽んじない)と訳し、竺法護は「常被軽慢」(常に軽んじられる)と訳したが、植木先生はこれを4つの掛詞になっていると考えられ、「常に軽んじない(のに、常に軽んじていると思われ、その結果、常に軽んじられることになるが、最終的には常に軽んじられないものとなる)菩薩」と訳された。なんとも長い名前であるが、一番重要なのはすべての人を常に軽んじないということであり、鳩摩羅什の訳が勝れている。すべての人を尊敬し、但行礼拝を繰り返すその姿は、釈尊滅後の弘教のモデルであり、人類みながこの姿勢に立てば、世界平和も夢ではなくなる。
 この章で釈尊が常不軽菩薩について語って聞かせる相手は「得大勢菩薩」であるが、得大勢は観音菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍である「大勢至菩薩」のことである。なぜ、大勢至菩薩に語ったのか?先生は、大勢至菩薩に対する批判であると解釈された。大勢至菩薩は「智慧の光で一切を照らし、衆生が地獄界や餓鬼界に墜ちるのを防ぐ」とされているが、これを痛烈に批判する。光で照らすだけで人が救えるのか?そうではなく、人間対人間の対話によってしか、人を救うことは出来ないと主張し、神懸かり的な救済を否定する意図があったと。日蓮聖人も上行菩薩とともに常不軽菩薩を重視され、宮澤賢治の「デクノボー」のモデルともなった。混迷の現代社会にあって、常不軽菩薩のような生き方こそが求められる。
 その後、希望者16名が先生を囲んでの夕食会。先生は次から次へと質問攻めにあっておられたが、ちゃんと食事をとれたのか心配である。
 小説「等伯」の作者である阿部龍太郎先生に法華経について教示された植木先生は長谷川等伯にも関心をもっておられるので、翌9月1日、等伯の故郷である七尾にお連れした。等伯ゆかりの長壽寺と本延寺の2カ寺を訪ねたが、残念ながらご住職のお話はうかがえず、ただ墓前に手を合わすだけに終わった。七尾美術館も訪ねたが、等伯の作品は展示されておらず、これまた残念。ガッカリされているご様子なので、来年は等伯展が開かれている時期に講義をお願いすることに決めた。
 初めの予定では、第6講で終了する予定だったが、先生が丁寧に説明されるので大事な神力品などが残ってしまった。もう一度講義をお願いし、第7講が11月30日に開催される。最後のチャンスになるので、一人でも多くの方に参加してもらいたいものだ。

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