霊光寺について
ごあいさつ

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ようこそ、閲覧頂きありがとうございます。
伊豆半島の北 三島と熱海の間にある函南の平井に構える450年の歴史をもつお寺です。
平井は、高級スイカブランド『平井スイカ(現在は函南スイカと呼んでます)』が特産品の地域です。
最近では境内の東方面にある高台(ひょうたん山)が、古墳であったということで、新しい賑わいを見せています。
現在の日本において宗教はいらないような風潮がありますが、今だからこそ心のよりどころとして宗教を感じていただきたく思っています。
霊光寺は葬儀・法事だけをするお寺ではありません。家庭相談、仕事の相談、家相・引っ越し時期・・・生きた人の相談を承っています。
どこにも聞くところがなくて・・・わからなくて・・・困りごとがあるなら、是非ご連絡ください。お越しください。
私、住職山﨑海淳は、平成28年に落慶を迎えた新本堂とともに住職となりました。現在檀信徒のご要望に応えるため、日々仏事をつとめています。
住職略記
昭和46年生まれ 町立東小 町立東中 県立長泉高 立正大学卒 平成4年信行道場を修行日蓮宗僧侶に 平成6年日蓮宗布教師(お話の先生) 平成7年日蓮宗聲明師(法要の先生) 平成9年日蓮宗加行所(大荒行堂)初行成満 祈祷師(修法師)に 平成20年2度目の大荒行堂成満
永代供養墓もあり後継者のいない方で、檀家にならずとも葬る場所もあります。
霊光寺略記
1567(永禄10)年、韮山本立寺第3世京春(円頓)院日生上人が、隠居処"京春庵"として開山。しかしその後100年あまり空坊となる。地元平井の豪家杉崎家より出家した従本院日來上人は、富士市中里の名刹東光寺の住職をしていたが、帰郷の折に零落する当庵を見て、東光寺を去り第4世を継ぎ再興を計った。第6世理性院日憲上人が本立寺27世を退隠し当山へ晋山後、過去に本立寺境内にあった「慈雲山霊光寺」の名を頂き、1764(明和6)年江戸幕府より正式に寺号公認を得る。日憲上人と檀越杉崎10代正武氏の努力、本立寺貫首日運上人、江川太郎左衛門の助力によるものである。明治に入り廃仏毀釈で廃寺にされた大場妙圓寺と合併。また、柏谷六萬部寺住職日在上人が当山16世となる際、平井在住の檀家8軒を移檀。今まで無檀家であった当山に40件ほどの檀家ができた。その後間口9間 奥行7間半の大本堂兼庫裡を新築。しかし、1930(昭和5)年11月北伊豆地震で崩壊。急遽1932(昭和7)年本堂を再建。80年経ち、本堂・庫裡共に雨漏り・床下の傷みが酷く、平成14年新本堂建設を発願。平成27年南東向きに本堂を新築、平成28年4月現住職海淳23世法燈継承にあわせ落慶する。
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霊光寺の永代供養墓は新本堂正面にあります。立地条件が良く本堂へお参りしてすぐお墓があるので…


