立正安国・お題目結縁運動 いのちに合掌

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右か左か、中道町。旧右左口(うばぐち)のお寺

信向山 常光寺

【Shinkouzan Jyoukouji】

400-1506 山梨県甲府市上向山町64

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常光寺の縁起

文永11年(1274年)5月17日、日蓮大聖人身延に御入山されました。
庵が完成するまでの1ヶ月余りの間、宗祖は弟子、日朗、日向を従
えて、
甲州石和の地に教化巡遊する折、亡霊と成って苦しんでいた鵜
飼勘作を
救う。やがて勘作の魂がこの地に現れた時、義貞とキコリの爺
さんよりキ
ビのオカユの供養を受け、そのお礼にと、南無妙法蓮華経の
御題目をお
唱えしたことが、常光寺発祥の因縁になっております。

 
1580年春、身延山久遠寺大17世法主慈雲院日新上人常光寺開山とな
る。明治の初期まで常光寺本堂は花天井で荘厳な建物でありま
したが、
明治30年火災にあい悉くを焼失してしまいました。
また、七面堂
は江戸中期、九州の藤城という行者が身延七面山にて修行
し感得し
た七面大明神を滝山の御殿滝岩盤の上に御奉りしました。爾来、
明治
の中頃迄霊験あらたかな七面様には近村の信仰に生きる善男善女
参拝し、祭典は常光寺住職、近村の日蓮宗の寺を始め多くの修行僧、
修行者が滝にうたれ南無妙法蓮華経の御題目を唱え盛大に行わ
れたそ
うです。やがて後継者がなく、明治25年、秋の大風で御堂が崩
壊したとき、
御厨子と御神体が常光寺に移りました。

 
 鳩(あつむ)る所の功徳、恭しく仏祖三宝に献供し、恩山の一塵徳海
の一滴に報謝す。総じて願わくは一天四海皆帰妙法広宣流布大願成
就なさしめ給え。

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