大久保家のご先祖様を訪ねて

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 こんばんは。副住職です。

 先日、愛知県岡崎市に行って参りました。と言いますのも岡崎(三河国)は、大久寺を建立した小田原藩主大久保忠世公の出身地であります。意外にも忠世公は50過ぎまで三河で過ごしております。ですので、三河時代に菩提寺としていたお寺がございました。それが、今回参拝致しました長福寺様。こちらのお寺は日蓮宗ではなく、同じ日蓮聖人系統の法華宗陣門流に属するお寺でございます。

 山門の入口には、「岡崎開市恩人宇津忠茂公・大久保彦左ヱ門忠教公菩提寺」と彫られた石塔がありました。宇津というのは、大久保家が大久保の姓を名乗る前の姓です。忠世公の祖父にあたる忠茂公の代に、大久保の姓を名乗るようになったと言われております。また、位牌やお墓が岡崎市の指定文化財にもなっているようです。参拝者は他におりませんでしたが、本堂の中にはお香の良い薫が漂い、素敵なお寺でございました。墓所はお寺から少し離れた所にあり、忠世公以前の大久保一族のお墓が一列に整然と並べられております。大久寺にある大久保家墓所も、なんとかして市の許可を得て綺麗にできないものか・・・・・

 時間が限られておりましたので、ゆっくりはできませんでしたが、一人の小田原人として、今の小田原の基礎を築いた大久保家のご先祖様のお墓参りができ、大変感慨深いものがありました。

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