『掃除とココロ』

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本日のリレーブログ担当は、小越 正淳(おごし しょうじゅん)です。
 
布教研修所で、毎日行う仕事があります。
それは掃除です。
 
お坊さんと掃除は切っても切れない関係にあることを思い知らされます。
 
特に紅葉のこの季節!落ち葉が容赦なく降り注いできます。掃けども掃けども掃いたところに落ち葉が!!
この布教研修所に来る前に勤めていたお寺ではこの時期、3~4時間は掃除をしておりました。
布教研修所でも大体20~30分は掃除をします。
 
これだけ聞くと大変だなーと思われるかもしれません。事実大変ですし
私は潔癖症とは程遠い人間ですので、もちろん掃除は苦手でした。
ただ毎日毎日掃除をしていく中で段々気づいてきたことがあります。
 
それは・・・
 
季節を五感で感じることが出来ること
エアコンなどが普及した現在、季節の変化を感じづらくなってきているように思います。
日々少しずつ変化する季節の変化を感じれることって、とっても豊かなことなんじゃないかなーと思うようになりました。今は紅葉が色づき始めてますよ
 
道行く人や檀信徒の方と何気ない会話が出来ること
机にかじりついているだけでは、なかなか人と接点を持つことは出来ません。
何気ない会話から僧侶として人との信頼関係を築いていけるのではないかなーと。
普段気にもならないモノや場所に意識が向けられること
汚れを見つけようと躍起になってますから、普段生活している見方とは当然異なります。見方を変えると同じものでも、また違った感情が芽生えたりしていくものです。
 
常に綺麗にすることで訪れた人が喜んでくれたり、
清々しい気持ちになってもらえること
掃除をした後、きれいになると私自身がスッキリした気持ちになります。同じように清々しい気持ちを訪れた人と少しでも分かち合えた時、私も少しは人の役に立ててるのかなーと思え嬉しくなります。
 
という風に掃除をしていると、色々感じることがあるんです。
いいことばかり言っていますが、時には心の中で汚れていることに対して怒りを覚えてしまうこともあります。
 
そういった自分に向き合う事ができる貴重な時間が掃除の時間なんだろーなーと思います。
 
だから僧侶と掃除は切っても切れないのかもしれません。
 
 

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