北尾上人インタビュー【ダイジェスト】

「北尾家三代目」― 立正大学とともに歩んだ半生

立正大学の厳しい時代を知り、その運営に長く携わってきた北尾義昭上人。その歩みと、長年の経験から考えるこれからの寺院、僧侶のあり方について伺いました。

昭和10(1935)年、鳥取県に生まれた北尾義昭上人。祖父、父ともに立正大学に縁が深い僧侶の家に生まれましたが、15歳の時に父が急逝。それまで暮らしていた寺を家族とともに離れ、生活が大きく変わります。
自身は当初、僧侶になることを望んでいたわけではありませんでした。高校卒業後に立正大学へ進学し、寺院で随身生活を送りながら学業を続けます。そこで厳しく読経を教えられた経験が、僧侶としての基礎になったと振り返ります。

大学卒業を控えた頃には、文章に関わる仕事を志し、出版社への就職も決まっていました。しかし当時の立正大学は学生数も少なく、財政的にも厳しい状況にありました。「北尾家三代目なのだから、大学のために働いてほしい」と勧められ、昭和33(1958)年、立正大学の職員として歩み始めます。

最初に携わったのは学生募集や大学の広報でした。当時としては珍しかった電車の中吊り広告を出すなど、立正大学を知ってもらうための取り組みを行います。その後、会計課長となり、遅れていた決算業務の整備や財務の立て直しに取り組みました。資金繰りのため銀行を回ったことなど、大学経営が厳しかった時代の様子も率直に語られています。

その後は経理部門、総務部長、事務局長を経て、平成3(1991)年には常任理事に就任。財務、人事、施設など大学運営のさまざまな分野に携わりました。大崎キャンパスの再開発や創立120周年記念事業、学部・学科の再編などにも関わり、65歳で定年を迎えるまで40年以上にわたり立正大学に勤めました。

北尾上人は当時を振り返り、「立正大学のために」と、ただひたすら仕事に取り組んできたと語ります。大学教授として教壇に立ったのではなく、職員、そして大学運営に携わる立場から母校を支え続けた半生でした。

大学退職後は特別養護老人ホームの理事長を約10年間務める一方、住職として寺院にも向き合ってきました。
インタビューの最後には、これからの寺院を担う僧侶に向けて、時代が変化する中でも、葬儀や法事など一つひとつの仏事を丁寧に務めることの大切さを語っていただきました。

※インタビュー全文は後日掲載予定です。

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