川合小梅 祥月命日

川合家の墓

今日は小梅さんの137回目の祥月命日になります

毎年「小梅日記を楽しむ会」主催で小梅さんの祥月命日法要を行っております。

川合小梅さんは江戸末期の女流画家です。

文化元年(一八〇四)十二月二十二日に、徳川和歌山藩士の川合鼎(かなえ)と妻辰子との間に、和歌山市で生まれました。
 父の鼎は紀州藩学習館の助教でしたが、三十一歳で病気で亡くなります。
 当時五歳だった小梅は、祖父の春川と母の辰子のよって育てられました。
 小梅の祖父春川と母の辰子は、国学と和歌を学び、特に和歌に精通していましたので、春川からは漢学を、辰子からは和歌を学びました。また絵は画師、野呂介石の門弟である野際白雪から学びました。 
 十六才で後に紀州藩校の学習館の督学(学長)となる川合梅所と結婚されます。この頃より、日記を書き始め八十六歳で亡くなるまで、七十年間に渡り日記を書き残し、また花鳥画や人物画などの文人画も多く残されています。

『小梅日記』とは
 幕末期から明治前期の激動期に、当時の政治動向や社会状勢、日常生活などを克明に描いた、小梅の日記の事です。
 激動する幕末維新の流れのなかに身をおきつつも、直接参与することのなかった地方の一主婦の目で冷静に捕らえた時代の動きが淡々と綴られていて、女性史研究ならびに当時の地方の社会状勢、また明治維新後の士族の暮らしぶり研究するうえで貴重な歴史の資料として知られています。

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