立正安国・お題目結縁運動 いのちに合掌

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お綿帽子奉冠の霊跡 剣難除けの祖師 養疵窟 お疵洗い井戸 血止の霊砂

岩高山 日蓮寺

【Nichirenji】

299-5502 千葉県鴨川市内浦3049

ごあいさつ

当山は、日蓮大聖人四大法難の一つ、小松原法難由縁の霊跡地です。

文永元年(1264)11月11日、立教開宗より10年ぶりに房州にお戻りになられた日蓮聖人(聖寿43歳)は花房蓮華寺(鴨川市内)を拠点に故郷のご布教に務めておられました。時に天津の領主工藤吉隆公にお招きされ邸宅(日澄寺)に向かう途中、申酉の刻、松原の大路(鏡忍寺)で待ち伏せしていた法敵東条景信ら数百名の襲撃に遭い、弟子の鏡忍房と駆け付けた工藤吉隆公は討ち死にされます。日蓮聖人もお額に3寸の刃疵を負いますが、諸天のご加護があり死地を脱します。

その後、北浦忠吾・忠内の案内により夜道を駆け上総方面に抜ける山道(旧道市ケ坂)へと入ります。

この山道が現在は当山の参道になっております。

境内にはお疵洗いの井戸があり、ここで額のお疵を洗われたと云われております、そのまま参道を進むとお疵の養生をされた岩屋があります、不思議なことにこの岩屋の岩砂には大量のヨードが含まれており、お疵に塗り込むとみるみる疵口が塞がったと云われております。

明朝、お市なる老婆がお岩屋を通りかかります、日蓮聖人のお額のお疵を案じられたお市は、持っていた綿をお疵にお手当ご供養されます。この出来事が現在では、日蓮聖人のお像に冬の間お綿帽子をお冠せする慣わしとなり、全国的に行われております。

日蓮聖人の小松原法難の足跡を残すために、 建治三年(1277)中老僧寂日房日家上人が開山され、往時は大本山小湊誕生寺の奥之院として鬼門を護っておりました。

 当山は日蓮聖人が歩まれた道、ご覧になった原風景を残す数少ないお寺です。

お参りの際には、日蓮聖人のお姿に想いを馳せ、息吹を感じ取って頂ければ幸いに存じます。

合掌

 

基本情報

寺院名称 岩高山 日蓮寺(がんこうざん にちれんじ)
住所 299-5502 千葉県鴨川市内浦3049
電話番号 04-7095-3063

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