天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし
葛飾北斎
首都高速5号線を北に向かう。美女木を過ぎ、左手の霞んだ空の向こうに、うっすらと富士山が見えた。
葛飾北斎は九十年の生涯で「富嶽三十六景」など、多くの富士山を描いた。中でも「凱風快晴」は最高傑作とも言われる。北斎は最期「天が私の命を、あと五年もたせてくれたなら、真の絵師となることができたであろう」との言葉を遺し命終したと伝わる。
若い日には高みを目指していた人も、老いるにしたがい人生の虚しさを覚え、また気力・体力の衰えによって、いつしか上を見ることをあきらめてしまう。
目指す高嶺を霞ませてしまうのも自分であり、そしてその霞を吹き払う凱風を吹き起こすことができるのもまた自分自身なのではなかろうか。